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2021.2.28 劇団チョコレートケーキ 『帰還不能点』/ 東京芸術劇場シアターイースト

1950年代、敗戦前の若手エリート官僚が久しぶりに集い久闊を叙す。
やがて酒が進むうちに話は二人の故人に収斂する。
一人は首相近衛文麿。
近衛の最大の失策、日中戦争長期化の経緯が語られる。
もう一人は外相松岡洋右。
アメリカの警戒レベルを引き上げた三国同盟締結の経緯が語られる。
更に語られる対米戦への「帰還不能点」南部仏印進駐。

大日本帝国を破滅させた文官たちの物語。

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かわいらしい劇団名とは裏腹に、歴史を題材に、まるで史実の再現かのような硬派な作品を発表する劇団チョコレートケーキ。
私が最も好きな劇団なのですが、今回の『帰還不能点』は今までを凌駕する完成度の高さでありました。内容は硬派ですが、作品自体はいつもの劇チョコよりエンターテインメント度が上がってると思います。
初日に観た際は台詞を理解するのでいっぱいいっぱいでしたが、更に配信で観ているので、今日は役者さんの表情や照明もじっくりと😊

舞台は戦時中、総力戦研究所(1940年に開設された内閣直轄の研究所。省庁・軍・民間などのから若手エリートを集め、総力戦に向けて教育や訓練を行う機関)の模擬内閣でのシミュレーションで始まる。彼らが出した答えは「日米開戦をしたら日本は必ず負ける」
 -そして舞台は一転戦後へ。
元・衆議院速記局勤務の岡田が発起人になり、亡くなった仲間・山崎を偲ぶ為、山崎の妻・道子の経営する居酒屋で再会する9人。元エリート達だが戦後はそれぞれの道を行き、高級そうなダブルのスーツを着てピカピカのカフスを付けているエリートもいれば、普通のスーツ姿の者、ノーネクタイにジャケット姿で腰に手ぬぐいを下げている者、そして同じくノーネクタイでボロボロの靴にヨレヨレのズボンやワイシャツを着ている者と、現在の境遇は様々の様子。
でもそこは総力研で同じ釜の飯を食った仲間。酒を酌み交わすうちに話に花が咲き、当時の研究所所長や近衛文麿のモノマネをしだす。
内輪ネタで盛り上がる中、当事者ではない道子の「なぜ?」という問いに更に興が乗ったのか、集まった9人は近衛文麿・東条英機・松岡洋右など当時の主要人物をそれぞれ入れ替わり立ち替わり演じ、日本がなぜ太平洋戦争に向かっていったのかを道子(と観客)に説明していく。

この劇中劇シーン。通常ならば1人1役になるところ、入れ替わり立ち替わりで演じるのが面白い。さらに
どちらも酒席の戯れで演じてる場面あり、
片方は戯れなのに、片方は過去の歴史上の人物(例えば東条英機など)な場面あり、
演じている人たちは過去の歴史劇なのに、周囲で見ている人物たちは現在という場面あり、
と、バリエーションに目を見張ります。
脚本もだけれど、それを可能にする演出や照明、そして役者の妙。

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この辺は私のつたない説明では伝わりにくいので、観ていない人はぜひ配信をチェックしてほしいです。
http://www.geki-choco.com/next_stage/33streaming/
(役者目線で見られるアクターカメラも必見)
ちなみに、3月20日(土)20:00まで販売していて3 月 21 日(日)20 :00まで見られます。
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ポイント・オブ・ノーリターン=帰還不能点(航空用語で飛行機が積み込んだ燃料の量から計算して、離陸した空港に戻ることができなくなる地点)

後半30分。今まで寄り添い問いかける存在であった山崎の妻が劇の中心なり、今回の宴席の発起人である岡田と死んだ山崎の境遇が明らかになります。そして道子から改めて問いかけられる
「皆さんにできたことは本当に何もなかったのでしょうか?」

このくだりはドラマ的でベタだけど、古川さんが一番観客に伝えたい事だったのかと思います。
個人的には道子が前の夫や子供を空襲で亡くしてるにも関わらず、彼らや山崎にとって聖母すぎる嫌いはありましたが。
(でも古川さんの脚本に出てくる女性はこの聖性が高い女性が多いので、これはもうご本人の女性像なのかなと。きっと周囲の女性がみんな良い人なのだろうなぁ)

「近衛が悪い」「松岡が悪い」「軍部が悪い」「戦争だったから仕方ない」「私たちにそんな力はなかった」
ではなく、
「私たちはどうすべきだったのか、自分には何ができたか、個人個人がきちんと向き合う」
事。

そう、ラストシーンの彼らのように。

岡田に過去の責任を問われ、いかめしい表情をしていた彼らがひとり、またひとりと、総力研当時に自分ができた事を再考していく姿……胸が熱くなりました。
劇チョコ作品は(脚本家である古川さん本人と)思想が違う人物であれど単純に悪く描くのではなく、あくまでも平等な視点で見せ、そのうえで観客に考えさせる余白があるのが好きなのですが、今作は劇中劇効果でさらに”市井人”である我々一人ひとりへの問いかけが強く込めれれていたような気がします。


そして今日は千穐楽なので、劇チョコ劇団員お三方のアフターアクトも。

「脚本と演出は各俳優が担当する」という、このアフターアクト。
今回も三者三様の個性が出ていてとても楽しゅうございました😊
(以下は大体の内容です。台詞や流れの前後の違いはご容赦ください)
 
【アフターアクト・浅井伸治さん編】
水桶と柄杓を持ち登場。
空襲で亡くした娘(息子?)なーちゃんの墓石に水をかけ、手を合わせ、今印刷会社に勤めていること・今度大阪にできる新しい工場に工場長として誘われていること・先日昔の友人に会った事など、自分の近況を報告する。
そして、実は公安にも誘われていることも……。
自分は警察官といっていたけれど、
「泥棒を捕まえる警察官じゃなくて、戦争はいやだという人や違う神様を信じてる人をいじめる警察官(特高)だった」「その人が泣いたり叫んだりするのをみても何にも思わなかった」「でも、あのとき(空襲)なーちゃんが泣いていたのを見て、やっとその人たちの気持ちが分かった」
と改悛を墓前で報告する吉良。
お兄ちゃんが学校でならっているというハーモニカを取り出し、『椰子の実』を拙く吹く。
工場勤務を続けるか公安への誘いを受けるか、
「かあちゃんととにいちゃんたちに全部(特高時代のことを)話して、みんなで決めるよ」
と最後に伝え、「また来るね」と墓を後にする。

・浅井さん演じる吉良孝一は元・内務省。総力研時代は「カミソリ吉良」とあだ名されるほどで、実際本編での総力研場面ではとても偉そうにふんぞり返っていましたが、戦後には特高にかかわっていたため職を失い、土方をやったり闇(闇市)をしたりと、作中最も生活が転落した人物です。
それを踏まえて今日の本編、最初の乾杯でビールを飲む姿にいきなりウルっときてしまいました。……とても久しぶりのビールだったのでしょう、一人だけ飲み干した後の表情が違うのはもちろんですが、コップを慈しむように包み込んで持つあの手だけでもそれが伝わってきました。
初日観たときは「浅井さん、めっちゃ消えもの(舞台にある食品)食べてる」からの「吉良は貧しくて普段は贅沢できないから、あんなに食べたり飲んだりしてたのか!」というのは気づいたんですけどね。
(余談ですが今回役者さんみんな、あれだけ飲んだり食べたりしているので大変だなぁと思っていたのですが、映像配信のおまけ座談会で裏話があって「へー」と。演出ってそこまで考えるのかと改めて)
本編でこれですから、もう墓前ってわかった時点で涙ボロッと。えぇ、涙もろいことでは定評があります私(笑)。
またハーモニカの物悲しい音色が吉良という人物にピッタリでまた涙。でも『椰子の実』という曲のセレクト。今考えると、これ望郷の歌ですよね……。故郷(公安)にもどりたいのかなぁ、それとも故郷=穏やかで人間らしい生活という意味なのか。お墓に語りかけるときの穏やかで優しい姿をみる限り後者だと信じたいところですが、それは浅井さんのみぞ知る、です。

【アフターアクト・西尾友樹さん編】
「泉野さん」と話しかける心理カウンセラーのような男。
泉野はどうやら今度総力研の同期会に参加するにあたり、この会の趣旨である山崎が誰だったかが思い出せず、仕事も手に着かないほど深く悩んでカウンセリングを受けている模様。その悩みを解消する手助けをすべく男は泉野に連想テストを出していくーー

・またまた西尾さんは纏めづらいアクトを繰り出していらっしゃいました(笑)。
「泉野さんにとって日銀の山崎とはなんですか?」「エリート。でも泉野さん自身も相当のエリートですよね」
「では山崎しんじろうとは」「男! 世の中の半分じゃないですか」
「では、山崎から連想するものは?」「パン!?」
泉野にツッコむかのような物言いながらも男は「山崎=パン」を良い傾向だと分析する。そして本物のコッペパンを泉野が座っているテーブルの上に置き、「パンの墓参りするのに罪悪感なんて感じる必要ない」思い出さなくても良いじゃないかと話す男。
でも、泉野本人はあくまで思い出すことにこだわっているよう。
そんな泉野の様子をみて、男は更におにぎりを取り出しテーブルに置き、これは何かと尋ねる。
「久米! 確かにおにぎりは”久しい米の集合体”ですよ。間違ってませんよ」
もう、山崎=パンでも相当面白いのに、おにぎり=久しい米の集合体にはまいりました(爆笑)。
「もうこうなったら全部並べて組閣しましょう(と本編で使った消えものや箸などをカウンターから取り出す)」
「煮物は書記官長。橋渡しするので、箸は外務大臣。ときたら外務次官は箸置き。これは魚だから海軍。内務はお猪口で……(略)。ほら、おいしそうな和定食」
とテーブルの上に並べた男。その和定食にパンを置く。
面白いけれど着地点が見えずにいたところ、泉野(がいる設定)の席に座る西尾さん。
「パンはいいんですよ。死んでるんだから」
と。そしてこの和定食に「自分の居場所がない」と泉野。
ここで気づきます。今までのは泉野の内面葛藤だったのかと。
確かに、総力研の場面での泉野。大蔵省勤務なので大蔵大臣役なのですが、模擬内閣の中では軍部の言いなりっぽいというか影薄めでしたもんね。
自分が山崎を思い出せないのと同様、自分もみんなに忘れられているのではないかという焦燥や不安。(とはいえ相当面白い葛藤する人です(笑))
西尾さんのアフターアクト。途中まで関西弁でいうワヤな状態なのに、最後の最後でそのワヤな状態に秘められていたものが覗き、ゾクっとしたりハッとしたり切なくなったりでほんと好きです。ってか、泉野は戦後もずっと大蔵省勤めだし、本編で吉良や岡田のようなエピソードもないので全く想像つかずでしたが、さすがです。感性、とがってますよね。
今回は最後の最後「ただの飲み会じゃないか」と身も蓋もないオチでずっこけましたけど、それもまた良し(笑)。

※追記(3/2)西尾さんがTwitterに台本をupして下さっていました。記憶と照らし合わせると、笑いどころの場面(パンや組閣の順番など)はけっこうアドリブなんだなーと。でも、このアクトの肝の部分の記憶(「忘れ物を取りに行く感覚でいいじゃないか」)は抜けていたりしていて、己の記憶のあいまいさを自覚した次第です……💦 


【アフターアクト・岡本篤さん編】
場所は、終戦から2年後のどこかの居酒屋。
ベロンベロンに酔った岡田がトイレ
から戻ってくる。
一緒にいる相手は、山崎。
岡田は大げさにはしゃいだり、隣のテーブルにいる人と喧嘩をしてボコボコにされたりと、どこか投げやりというか自暴自棄な様子。
山崎に広島のことを聞かれ話をそらそうとまた空騒ぎをするが
山崎に殴られ、臥せってボソッと
「忘れられるわけない……」と。
それが原因で仮病を使い官僚をやめたことを語り、
「次はチンドン屋にでもなろうか。
♪ぴーひゃらぴーひゃらパッパパラパー(踊るポンポコリン)」
更に明るく振る舞う岡田だが、山崎の体調が悪いそうなことを心配し再び病院に行くことを勧め、自分達は
生きて問い問いて生きる
しかないと、山崎に生きることを説く。

・岡本さんのアフターアクト。今回もどこか落語のような流れを汲んでいて、テンポが絶妙です。
山崎に向かって喋る場面はほんと落語にでてくるお調子者の酔っ払いだし、
喧嘩の場面でボクシング風にパンチを繰り出したり、でも逆にこぶしを食らってダウンしたりとパントマイムをしながら自分で「岡田ダウン。立ち上がれるか」など実況する姿は笑うと同時に見とれてしまいました。
踊るポンポコリンを歌う酔っ払い、最近見かけないけれど昔はこういう酔っ払い良くいたわー(笑)。
本編での印象とは全く違う岡田でしたが、でも何故あの場面で激高したのか、あの表情をしていたのかという理由が分かったアクトでありました。

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