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#創作大賞2024 #漫画原作部門 仇討ちのその後 第2話


あらすじ
 家族のかたきを討って空っぽになった「私」は刺客に狙われ続ける男とともに旅をし、次第に生活に心地よさを見いだす。このあと、男の過去が明らかになる。




 ある国についたとき、男は「行きたい場所があるんだ」と言った。どこに行くのかと思えば、小綺麗な家についた。

 男は「危険がないか中を見てくる」と言って私に外で待つように指示をした。しばらくすると男が出てきて私に入るように言った。

 恐ろしいほど殺風景な家だった。広い区画にはテーブルと椅子しかなく、キッチンには必要最低限の食器だけ並べてある。男は手慣れた様子で茶を作って出してくれた。

「……おいしい」
心が落ち着く香りの茶に、思わず感想がもれた。

「よかった」
 男は今までに見たことのないような柔らかい笑みをうかべた。

「この家は……?」

 部屋の中を見回しながら問うと、男は寂しそうに微笑んで「おれの家だ」とだけ言い、ぐい、と自分の茶を一気に飲みほした。

「おれは庭の手入れをしてくる。しばらく、ゆっくりしていてくれ」

「わかった」
 うなずくと、男は家の外に出て行った。

 私は暇を持て余した。

 ふと部屋に何か違和感を感じた。その違和感の正体が、壁と一体化している隠し扉にあると分かった時、私は考えるよりも先にその扉を開けていた。扉の先には階段があった。思わず階段をのぼる。ややほこりが積もっているものの、定期的に掃除されているのが分かった。うっすらと、男の足跡があった。

 2階にはリビングがあった。4,5人は座れるような大きいソファーには、女物の緑のエプロンがかけられて、読みかけの童話が開かれたまま置かれていた。壁には立派な紋章が入った剣が飾られていた。

 隣の部屋は子ども部屋だった。作りかけの刺繡と、先ほどと同じ紋章が入った使い込まれた子ども用の剣がいやに目に付いた。

 その隣は寝室だった。大きなベットには、柔らそうな布団が綺麗に整えられていて、今晩寝床に入る二人を待っているようだった。

 どの部屋も生活感があるのに、悲しいほどここ数年使われた形跡がなかった。

 ふと、私宛の手紙が置いてあるのを見つけた。男の字だ。訝しく思いながらも封をあけて読む。

「今まで世話になった。もしおれが死んだら、お前にこの家の管理を託したい。今は亡き妻と子ども達が愛した家だ。おれは彼らのかたきを討ったために追われることになった。……かたきはこの国の国王だった。
 刺客は、その王の弟がおれを恨んで送ってきている。どうしようもない人生だったけど、お前と会えてよかったよ。ありがとよ」

 それを見るなり、私は何かいやな予感がして外に飛び出した。
 庭に出て、男の姿を探す。

……いた!
 男は茂みに身を潜めていた。そして、懐から短刀をゆっくりと取り出した。男がいつも使っているものとは違って、いつも刺客たちが使っている短刀だった。それを、躊躇なくなめらかに自分の心臓に向けた。

 考えるよりも先に私は腰からナイフを引き抜くと、男にめがけて投げた。ナイフはうなりをあげて迫った。

 男ははっと我に返り、短刀を持ち直すとナイフをはじき返した。考えて行ったというより、長年の鍛錬でしみついた癖がそうさせた。

 男がこちらを見る。短刀を投げた正体が私だとわかると、信じられないといった顔をした。

「やられたな」
 そういって男は笑った。





今度は私が男に茶を出した。

「……今の俺には樽一杯の酒のほうが似合うな」

 どういう意味だ。せっかく私がいれてやったのに。

 男は私の剣吞な視線に気づくと、先ほど私が乱雑に開け放った、2階への隠し扉をちらりと見た。

「……もう、読んだんだろ?」

「……読んだ」

「思ったよりも早かったな」
 のんきな口調に腹がたった。怒りを押し殺して、つとめて平静を装って尋ねる。

「……どうして死のうなんて思ったんだ? ……命をあんたを守るために使うって約束したじゃないか」

「……驚いた。そんな昔の約束、覚えていたのか」

「あたりまえだ」

「でもお前はもう、日々に意味を見出すことができるようになっただろう」

「……?」

「前に酒場で言ってたろ。もう死にたいと思わなくなったって。今の生活に満足してるって」

「……そうだけど」

「……おれはずっと空っぽなままだ」
 

「なんなんだよ。……刺客がくる日々に疲れたなら、刺客をおくってくる王の弟を今度は倒しにいけばいいじゃないか。あんたならそれができるはずだ」

「……そう単純な話でもないんだ」
 男は黙って首を振った。誰に言うとでもなく、男は語りだした。

「……先代の国王は愚かで多くの罪のない者を殺した。……おれは殺されなかった。生き地獄を味わえと、首に懸賞金をかけられて国外に追放されたんだ。金に目がくらんだ多くの者に命を狙われた。ただ家族の仇をうつためだけに生き延びて、ついにこの国に戻って国王を殺し、仇を討った。

 ……恐怖の国王が死んだと、国民は手をたたいて喜んでいたよ。でもおれの心は晴れなかった。仇討ちを果たしたら、心にぽっかりと穴が開いてしまったんだ。

 王の弟が刺客を送ってきたとき、救われた、と思ったよ。やっと空虚な日々に目的ができた。刺客を倒す、という目的が。おれはそれにしがみついてだらだらと刺客と戦うことだけを楽しみに生きているんだ。馬鹿みたいだな」

 思わず男の顔を見た。深い苦悩がその顔に刻まれていた。

「空っぽだったお前が生き生きとしてくるのを見て、心底うらやましかったんだ。……王の弟を殺しにいくことも考えた。でも、刺客がこなくなったら、おれは今度は何に縋ればいい?この行き場のない怒りをどこにぶつければいい?……いろいろと考えるのも、もう面倒になってしまった」

 男はそこで一つ息を大きく吐いて、自嘲的に笑った。

「……教えてくれないか。どうやったらこの世界に意味を見出せるんだ」

「……。……私もいったん空っぽになったんだ。でも、あんたと一緒に旅をして……あんたと毎日戦って、明日こそは勝ちたいと思って鍛錬して……そんな毎日が気づいたら空っぽな自分を埋めていた」

 私はなんとかして言葉を紡いだ。男は理解できないと言った顔で私を見ていた。胸が苦しくなった。

「……弟を倒しにいこう。いったん終わらしてゼロにしよう。そこからがきっと始まりなんだ」

「……」
 男は答えなかった。彼が何を考えているのか、私には痛いほどよく分かった。

 ふと、いいことを思いついて、私はわざと陽気に言った。

「じゃあさ、私の用心棒をやってよ。全部終わったあと、私が何か刺客に追われるほどの大きい犯罪を起こすから!  そうだな、今の国王でも殺しにいこうか」

「本気か?」

「あぁ、もちろん」

男は笑った。私も笑った。

「それはダメだ」

「なんで?」

「今の王はいいやつなんだ。民に慕われている。それにおれの首にかけられていた懸賞金を外して、正式に謝罪してくれた」

「そうなんだ」

「お前にはかなわないな」
 
 男はふっと笑った。

「……そうだな。すべて終わらせよう。ゼロになっても今度はお前がいるもんな」

「……うん。私も行く」

「いや……巻き込むわけには……。本当はお前には、おれの用心棒なんかじゃなくて、ただこの家の管理を託せればよかったんだが……」

 男は迷っている様子だったが最終的に心を決めた。

「お前がついてきてくれたら心強い。王の弟以外はだれも殺さないでくれ」

「わかった」



 以上、第二話でした。長い話を貴重なお時間を使って、ここまで読んでいただいて本当にありがとうございました。
 次回、最終話です。どうぞよろしくお願いいたします。

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