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「定義ってなんだ?」

前回までの添加物の考察は自分の中で一段落ついたので、気まぐれで読んだ本や思いついた事をどんどん考察してみる✨

今回は「定義ってなんだ?」という疑問が湧いた。
そのきっかけは北条政子という歴史をあれこれ見たり、読んだり、聞いたりしたら思った事である。

時代ごとの北条政子の評価を追っていくことで、時代によって定義が違うと言うことを学び、定義に縛られて物事を考えると言うことがいかに人間関係を複雑なものにするか?

日本女性として・・・
女性らしさ・・・
武士とは・・・
男なら・・・

国によって時代によって「定義」を決めつけられ教育される場合もある。
その結果生きづらくて、人生を迷う人が多過ぎやしないだろうか?

でも今の時代、争いごとが得意な人、勉強が得意な人、スポーツに秀でている人、ITに強い人、想像力が長けている人

色々いますし、LGBTも含め割と許容されてきましたよね。

昔も本来そうだったはずだったのです。

例として「北条政子」

鎌倉時代では、「女性が目覚めている時こそ日本国なり」という意味合いの言葉があったり
✳︎愚管抄の内容なので私の愚官も入ってます。ひょっとしたら違うかもしれない🤣

戦国時代でも「すごい女性だった」という話が残った

江戸時代の朱子学、儒教の影響で「烈女」のレッテルが貼られ、水戸学の辺りから女性とはこうあるべきだという流れに変わり、

明治の教科書「修身」には大和撫子というキレイな言葉で日本女性を定義付けた。そして女性はそうあるべきと教育された。

撫子とは「女性が子供を撫でるような様が女性として女性らしい生き様である」ように言われている。大和撫子とはおとなしい女性が良い、男性にとって都合の良い解釈にしかならない。

マスメディアの大和撫子の使い方、そしてそのイメージは何か間違えているような気がするのは少なからずいると期待したい。

歴史から学ぶ北条政子。
自分の使命と向き合い、どんな困難にも立ち向かい、偏見や定義などに惑わされず、「自分の信じる道を突き進む」という意味において今を生きる我々の大いに参考になるのではないだろうか?

源頼朝の妻が北条政子だった。みたいなテストの点数を取るだけの教育をいい加減にやめて歴史から何を学ぶのか?YouTube見たり本を読めばもっと気付かされたり卓越された視点を色々もらえる。仕事にも私生活にも使えて時には他人の人生の役に立てるかもしれない。

歴史から学ぶことにピン!と来なければそれはそれでいい!

〇〇という定義があることにより、何か苦しい過去があったなら
今を生きる我々はそれを学んだ上で思考し同じ轍を踏まない工夫に頭を巡らせてみると今の自分の悩みに通じるものが結構あるな・・・と思った。

「定義を手放す」事で交わらなかったものが交わるきっかけになる。

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