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【映画感想】『流浪の月』(2022年/監督:李相日)

Amazon Primeに実写版映画が入っていたので観た。原作はすでに読んでいた。
割と説明不足で過去と今を行き来するせいで「原作読んでないと理解できなくない?」ってなってしまった。そしてすこし無駄に生々しい。ベッドシーンが。横浜流星さんには何ら罪はないのだが、音声などがやたらリアルだったのでちょっといたたまれなくなる。劇場でこれを観ていたらつらかったかもしれない。
もともと『流浪の月』がこの世で生きることに苦痛を覚える人たちの話だと思っているので、これが「生(なま)」の苦しみか…と思えばまあそうですね。

松坂 桃李の「文(ふみ)」が原作の印象どおりで、育ちの悪い植物みたいな様子で「ロリコンじゃなくても、生きることはつらいよ」とまじめに小学生女児に語る場面は「文(ふみ)だ…」ってなってしまった。小学生女児がデリカシー皆無なところも原作通りでよい。
長い物語をこの尺によくまとめたし、横浜流星さんが渾身のクズDVモラハラ男を演じていてすごいな! と思いましたが、やっぱり原作の「あの人に刺されました」の人間の醜悪の煮凝りみたいな部分から逃げたのはずるい。私は多分原作のあの場面が一番印象深かったことに映画で気づけました。

誘拐被害児が加害者を「憎み続けるべき」っていう「常識」も「正義」も、社会の大半の人間はふるう武器だ。
実際にそうじゃなかったと主張しても、大人は「子供」を守る義務があるから、往々にして受け入れられない。
(しかし従兄が主人公にふるった暴力について不問にするのも「大人」の仕業だ)
個人的には、成人してまだなお相手のそばにいることを選びたいならば「それはストックホルム症候群がなせる感情では?」と感じても、本人の好きなようにしたらいいと思う派ですが。

でも周囲の多くはそう感じないのが更紗の不幸で、文の不幸だ。
その沼はずっとふたりの足を引くけれど、再会したふたりが流浪していくことで、いつしか風化したらいい。

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