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社員戦隊ホウセキ V/第12話;連日の襲撃

前回


 四月一日の夜のことである。

 リンゴパーティの後、寿得神社の離れはリヨモ一人になった。先までの賑やかさが嘘のように、離れは静まり返る。十縷たちを見送った後、彼女は二階へ上がった。離れの二階は彼女の自室となっている。

 部屋には、とにかく本棚が多い。その本棚には日本で出版された図鑑や辞典が並んでいるが、新杜愛作の趣味か【ジュエルメン】をはじめ小曽化浄の漫画もある。また、幾らか宝飾品も飾ってあり、見慣れないボードゲームらしきものも置いてあった。そんな部屋の中、リヨモは呟いた。

「ついに、赤のイマージュエルの戦士が現れた。シャイン戦隊が、五人揃った……」

 彼女の声に感情は籠らないが、代わりに体から出る音が感情を表す。鈴が鳴るような音と雨の降るような音が、共に小さく同じくらいの音量で響いた。そして呟くと共に、リヨモはいろいろと考えを巡らせる。

(もし、ニクシムが赤のイマージュエルの戦士が現れたことに気付いていたら、戦いが激しくなるかもしれない。そうしたら……)

 考えていると、彼女の頭には嫌な記憶が甦ってくる。

    突如、ジュエランドの空がガラスのように割れ、そこから降ってきた当時のシャイン戦隊四人の亡骸。そして、両親の最期。

    父のマ・スラオンは、自分と同じようにトルコ石のような肌をしていた。彼は黄金の鎧を纏い、ニクシムから国を守る為に戦ったが、黒い細身の鎧を纏った戦士に敗れて斃れ伏した。

    母はラピスラズリのような肌をしていた。彼女は銀色の鎧を纏い、夫と共に戦ったが、黒い巻貝のような異形の戦士に叩きのめされ、力尽きた。

   

(裏切り者のザイガ。そして、その手下の壊猛かいもうゾウオ……。あ奴らも地球に来るかもしれない。そんなことになったら、この星は……)

 嫌な記憶は、更に嫌な想像を彼女にさせた。体からは鈴のような音が消え、代わりに耳鳴りのような音と湯が沸くような音が響き始める。その嫌な想像と音を払拭せんとばかりに、リヨモは大きく首を横に振った。

「大丈夫。光里ちゃんたちは強いから、絶対に負けません。“ 地球を第二のジュエランドにしない ” と、和都さんも仰っていました。あの方たちならなら、必ず……」

 そう言いながらリヨモは窓を開け、星を探すように身を乗り出した。
    街中は灯りが強いので、余り星は見えない。幾らか点在して見える小さな星に、リヨモは思いを馳せるのだった。


 リヨモが見つめる夜空の先には、この星も存在する。地球から何光年か離れたニクシムの本拠地たる小惑星だ。

「シャイン戦隊が五人揃った。もうゾウオを出し惜しみしている場合ではないかも知れぬ。しかし、ニクシム神が地球に強大な力を送り続けられる時間は限られている。時間切れでゾウオが倒されるのは、もうこれ以上は避けたい」

【ニクシム神】と称する岩が祀られる小惑星の地下空洞の中では、三将軍と呼ばれる者たちが討論をしていた。赤のイマージュエルの戦士が現れたという情報を受けて頭を抱えるのは、マダム・モンスターという地球人に似た女性。相手の戦力が拡張したなら、こちらも強い戦力を投入する必要がある。しかし、それらが敗北したらという悪い想像が先行し、なかなか決断できない。

「私には黒いイマージュエルがありますから、ニクシム神の力が届かなくても戦えます。地球のシャイン戦隊を見るに、私なら勝てるでしょう。しかし、黒いイマージュエルの力は確実に地球まで届かないので、イマージュエル自体を地球に送る必要があります。今のニクシム神にそこまでの力があればですが……」

 悩む彼女の傍らで、黒耀石のような肌をしたザイガが単調な喋り方で語る。しかし得策ではなく、マダム・モンスターは苦々しい表情で首を横に振る。こんなやり取りを続けていると、三人目の将軍が痺れを切らせた。

「だったら、俺に行かせろ! ニクシム神の力が届きにくくなる前に、あいつらを倒せば良いだけだよな? やってやるよ!!」

 帷子のような鱗と、防具のような巻貝を備えたスケイリーが、怒り狂ったような口調で喚く。彼は自身の戦闘力に自信があるのか、地球のシャイン戦隊と戦いたいらしい。そんな興奮気味の彼に、ザイガは感情の籠らない口調で応答する。

「スケイリーよ、己の力を過信するな。これまでのお主の戦歴は認めるが、地球のシャイン戦隊は奴らより確実に強い。それに、問題は赤のイマージュエルの戦士だ。奴が戦列に加わった場合、全体の力は確実に膨れ上がる。それが時間切れと重なったら、お主とて無事で居られる保証は無い。お主を失うのは惜しい」

 ザイガはスケイリーの身を案じていた。しかしその心配は同時に、スケイリーの力を侮っているとも言える。そして、スケイリーはそれを快く受け取らなかった。

「俺を舐めるな! 俺は時間切れの前に、あんな奴ら倒して見せる! あと、あんたがビビってる赤の戦士、前の戦いで出てこなかったじゃねえか!? 次も出て来ねえんじゃえのか? ビビり過ぎなんだよ! マ・ツ・ザイガよぉ!!」

 明確な怒気を纏ったスケイリーは、ザイガの胸倉を掴んで詰め寄った。ザイガの表情は石のように変化しないが、代わりに体から湯が沸くような独特な音を立てる。

「スケイリー、いろいろな意味で身の程を知らんようだな。己が強くなったと思っているようだが、実のところはどうなのか? 試してみるか?」

 ザイガはそう言いながら、左手を顔の横に翳した。黒い宝珠をあしらった腕輪を装着した左手を。するとスケイリーの方も、胸倉を掴む力を強める。これは一触即発か? とも思われたが、それはマダム・モンスターが止めた。

「止めい! 其方ら、仲間であろう!? 仲間同士で争って、どうする!?」

 甲高い声を上げながら、マダム・モンスターは二人の間に割って入った。そして、二人を交互に睨み付ける。するとスケイリーは申し訳なさそうに触角を垂らし、ザイガの体からも湯の沸くような音が消えた。そして、二人はマダム・モンスターにそれぞれこの醜態を詫びた。
    仲間割れを止めると、マダム・モンスターは目つきを少し柔和にした。

「スケイリーよ。其方、己の力を試してみたいか?」

 スケイリーの方を向いたマダム・モンスターは、先程よりも小さなことでそう問い掛けた。問われたスケイリーは、「ああ」と簡素に答えた。すると、マダム・モンスターは深く頷く。

「なら、地球に行ってみるか?」

 この言葉は、先までの口論とは矛盾しているように思えて仕方がない。だからスケイリーも驚き、ザイガも鉄を叩いたような音を一瞬だけ上げた。


 翌日、四月二日の金曜日。

 十縷は平和な朝を迎えて、和都と軽く交流した。ホウセキブレスも腕時計に擬態させ、高揚した気分のまま出社する。八時十分頃には、本社ビル三階のデザイン制作部に到着した。新杜宝飾の始業時刻は八時四十五分なので、到着時刻としては悪くない。
    しかし職場に到着した時、十縷は少し気まずい気持ちになった。

(うわっ……! 伊勢さん、もう来てるのか……。この人は早いなぁ……)

 十縷が着いた時、和都は既に着席していたどころか、目の前の図面と格闘を始めている。しかも集中の度合いも凄く、話し掛けられる雰囲気ではない。

    実は十縷、始業まで三十分近くあるので、まったりしてから仕事を始めようと思っていたのだが、この先輩の姿を目の当たりにしたら、その姿勢を変えざるを得ない。申し訳なさそうに小声で挨拶をしつつ、十縷は静かに着席した。

 しかし、入社二日目で特に仕事など与えられていない。そして、自分に仕事をくれそうな部長の社林こそばやしも、まだ出社前だ。
    十縷は昨日渡された仕事のマニュアルなどを熟読している振りをして、和都の隣に居ても恰好がつくように振る舞った。

 十縷が会社に着いてから約十五分後に、部長の社林は姿を見せた。始業時刻になってから社林は十縷の元を訪れ、彼に仕事を与えた。

「八月に、お得意さん相手に新商品の即売会をやる予定でね。それに出す物のデザイン案を三つくらい、今月末くらいには固めたいんだ。熱田君には、ブローチのデザインをやって欲しい。いや、そんなに気張らないでね。ジュエリーデザインの勉強がてら案を出せれば、くらいの気持ちで良いから。オーダーメイドでもないし」

 社林が与えた仕事は以上だった。妥当なところだろうかと、十縷は頷いた。

 かくして午前中、十縷は先輩方の作品例や宝石のカットの例を見つつ、目の前の方眼紙にちょっと描いてみたりして、時間を過ごした。

(この逆三角形、セビナッツカットって言うのか。これ、好きだなぁ……)

 などと思う十縷だが、今の彼は宝石を見るとどうしても社員戦隊こと対ニクシム特殊部隊に結びついてしまう。

(ブリリアントカットって言っても、いろいろあるんだ。あれ? このオーバル・ブリリアントカットって、マゼンタのゴーグルじゃない? で、マゼンタの額はスイスカットって言うのか……。このバゲットカットは、イエローの額だね)

 と、先輩戦士のデザインを見つけて、密かに喜んでいた。そんな十縷の隣で、和都は黙々と指環のデザインを進める。彼が手掛けているのは、オーダーメイドの結婚指環だった。


 昨日と違い、今日は変なことも起こらず、平和な日になる。

 十縷はそう思っていたが、その安堵は一撃で破壊された。それは昼休憩の直前、午前十一時五十分頃のことだった。
 十縷が左手首に巻いた腕時計に擬態したホウセキブレスが、いきなり赤い光を眩く放ちながら擬態を解いた。

「うわっ!? 何だよ、これ!?」

 意図しない急な変化に、十縷は思わず大声を出してしまった。

 和都の右手首に巻かれた腕時計も、黄の光を放ちながら擬態を解いていたが、和都の方は慣れっこなのか全く動じていなかった。

『皆。ニクシムが現れた。今すぐ出動してくれ。俺も今すぐ、姫と合流する。場所とかは姫にお伝えしてから教えることになるが、なるべく急いでくれ』

 擬態を解いたホウセキブレスは、新杜愛作社長の声を伝えてきた。内容は予想通りだった。まさか、二日連続での出現だ。十縷は表情が強張る。
 隣の和都は対照的で全く動じることなく、先の十縷の絶叫すら聞き流す余裕を見せていた。

「そう言う訳だ。今すぐ出るぞ。人命が係ってる」

 和都は作業を中断すると、動転している十縷に出撃を促す。十縷は彼に言われるまま席を立ち、そのままついて行こうとしたが、意外にも和都はまず部長である社林寅六の席へと向かった。
    かくして二人は雁首を揃えて社林部長の席の前に並び、社林部長もこの動きを予想していたのか、特に動じることなく二人を迎えた。

「ニクシム出現の通報がありましたので、これより特殊部隊の業務に当たります。こちらの作業は一時中断となりますが、何卒ご容赦の程、宜しくお願い致します」

 和都がそう告げると、社林部長は「了解。手続きはしとくから」と返した。
    和都は一礼してから踵を返し、十縷もその動きを真似る。そして二人は、駆け足気味でデザイン制作部の部屋を後にした。


次回へ続く!

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