社員戦隊ホウセキ V/第110話;不吉な足音
前回
ゲジョーを危険に晒したことでマダムから懲罰を受けたザイガだが、今は次の作戦に向けて動いていた。ニクシム神の祭壇がある部屋とも、黒のイマージュエルを静置した部屋とも異なる小惑星の地下空洞の一室で、ザイガは机のように張り出した岩に向かって一心不乱に作業をしていた。
「スケイリーも暴れるだけではなくなってきたな。これでこそ将軍だ」
ザイガは鈴のような音を鳴らしながら呟き、彫刻刀や金槌で作業を進める。彼が細工しているのは、ニクシム神の力である鉄紺色の光の塊だ。光の塊の中には、金色の装飾品が見える。柱仙人掌を模した金細工、おそらく新たな憎悪の紋章だろう。
ところで、部屋の天井を構成する岩盤は、先からずっと振動を続けている。
「そろそろゾウオになれるウラームも選別できた頃か? なら、丁度良いな」
ザイガがそう言って天井を見た時、憎悪の紋章も丁度完成した頃合いだった。そのゾウオの紋章を手に、ザイガは部屋を発った。
ザイガの居た部屋で天井が揺れていたのは、小惑星の表面でスケイリーが暴れていたからだ。彼の相手となるウラームは、鉄紺の光が樹液のように溢れるニクシム神の祭壇の真上に当たる場所で、次々と生まれている。
ウラームたちは生まれるや、すぐ内なる憎悪心を剥き出しにスケイリーに向かっていく。
スケイリーも対抗して杖に骨貝の貝殻に似た装具を付け、骨状の突起を一気に発射する。突起は不規則な軌跡を描きつつ、迫り来るウラームたちを爆撃する。
かくしてウラームたちは、生まれてはすぐ斃れていく。
「やっぱ、暴れられるのは楽しいな!」
ウラームたちを吹っ飛ばし、大笑いするスケイリー。これは以前にウサ晴らしでやっていた行動と変わらないように思えるが、今回はちゃんと意味があった。
「おっと。二匹も生き残ってやがるのか…!?」
突起が炸裂した領域は噴煙に包まれたが、二体のウラームがその噴煙の中から飛び出して来た。スケイリーの猛攻を搔い潜り、そして攻撃を繰り出すべく、それぞれ鉈を手に向かっていく。
やり手の二体にスケイリーの声が上ずる。スケイリーは接近戦に転じるべく、杖の貝殻を骨貝から輪宝貝に交換した。そして交換の直後に、迫って来たウラームたちに杖を振るう。
スケイリーの杖捌きの速さは相当だった。しかし二体のウラームは、それぞれ転がる、横に跳ぶという動きでこれを回避した。
その結果、二体のウラームはスケイリーの左斜め後方と右斜め前方に散る形になった。これにスケイリーは思わず息を漏らす。
(これは狙ったのか? 挟み撃ちとは、できるなこいつら)
スケイリーが感心している間に、二体のウラームは挟撃を敢行する。対するスケイリーは、一切の回避行動を取らない。むしろ双方に敢えて脇腹を晒し、相手の攻撃を誘うような格好をした。その脇腹にウラームたちは斬撃を繰り出したが…。
「フグッ…!?」
スケイリーの堅牢な体表面は、鉈を受け付けなかった。渾身の力でスケイリーに叩きつけられた鉈は、敢え無くその刃を折られる形となった。この展開に狼狽える二体のウラーム。一方のスケイリーは、華麗に一回転すると共に杖を振るい、薙ぎ払うような打撃を二体のウラームに見舞った。
スケイリーの左側に居たウラームはこれを食らって天を仰ぎ、右側に居たウラームは寸での所で後方に跳んで回避した。
「かなり白熱しているな。調子はどうだ?」
ここでザイガが現れた。その手には、先程完成した憎悪の紋章が握られている。彼が現れると、スケイリーとウラームたちは動きを止めた。そしてスケイリーはザイガに対応する。
「ああ、最高だ。こいつら、強いゾウオになれそうだぜ」
スケイリーは激闘を演じた二体のウラームを指して、充実した雰囲気を感じさせる爽やかな口調で語った。
ザイガはその二体のウラームを交互に見つめる。最後にスケイリーの一撃を受けて倒れた個体と、その一撃すら避けた個体を。どちらに憎悪の紋章を渡すべきか、厳選するかのように。そしてザイガは決心した。
「お主に決めた。この憎悪の紋章は、お主に授けよう」
ザイガが歩み寄ったのは、最後の一撃を食らった方だった。その一撃を避けた方のウラームは不満を露わにザイガに詰め寄ろうとしたが、すぐスケイリーに止められた。
「お前はもっと良い紋章を貰える筈だ。それまで苛立ちを溜めとけ」
スケイリーはウラームにそう耳打ちした。ウラームは悔しそうに地団太を踏み、岩肌の地面を幾らか踏み砕く。
その間に、ザイガは仙人掌を模した憎悪の紋章をもう一体のウラームの額に押し当てていた。そしてウラームの体にはニクシム神の力が大量に注ぎ込まれ、体に突起が生えては引っ込んだり、次から次へと色が変わったりと目まぐるしく変化する。その変化に苦しみ、ウラームは地の上を転がり回った。
「これでゾウオは調達できる。さて、地球人の方はどうだか?」
ザイガはその様子を見下ろしつつ、左手に巻いたブレスに向かって囁き始めた。
ザイガの囁き声は地球に届けられた。その頃、日が傾いてきた地球の空は朱色に染まっていた。
ザイガが声を送ったのはゲジョーだ。学校制服の夏服風と思われる白いカッターシャツと紺色の短いプリーツスカートを着ていた彼女は、とある駅のホームのベンチに座ってタブレットを操作していた。そしてスマホが振動するのを感じて、これに応じる。
「こちらゲジョー。…はい。十人寄ってきました」
ザイガの問に答えるゲジョー。彼女が見つめるタブレット端末の画面には、おどろおどろしい画像が表示されていた。その画像はwebサイトらしく、血が垂れたような真っ赤な文字で書かれた【呪い殺します】という文言、そして釘を打ち込まれた藁人形が印象的だ。これは次の作戦に使うものなのだろうか?
『新しいゾウオが生まれそうだ。そうしたら、すぐに作戦を決行したい。寄って来た地球人をすぐにでも集めてもらえるか?』
スマホから聞こえてきたザイガの声は、そう言っていた。ゲジョーは頷く。
「畏まりました。すぐ地球人を集める手配をします。作戦の準備が整いましたら、すぐ連絡致します」
ゲジョーがそう告げるとザイガが『頼んだぞ』と返し、通信は終わった。ゲジョーはスマホをしまい、再びタブレット端末のみを注視して作業を続ける。
「こんな連中が一日二日で集まるとは…。この星は荒んでいるとしか言いようがない。ダークネストーンが多いのも納得できる」
タブレット端末の画面を見ながら、ゲジョーは呟いた。そして、そのまま物思いに耽る。
(こんな星の為に戦って、それでお前は本当に幸せなのか?)
ゲジョーが思ったのは、光里のこと。念力ゾウオに八つ当たりで襲われた時、ザイガが自分に構わず発砲してきた時、いずれもゲジョーは光里に救われた。その影響か、ふと光里のを気にすることが多くなっていた。
そして思い出したように首を横に振り、己が抱く光里への気持ちを否定するのも、また日課になっていた。
(考えるな。所詮は敵だ。奴のしたことなど、マダムやザイガ将軍にして頂いたことと比べたら、何もしていないも同然。考えてはいけない)
半ば自分の心に嘘を吐く形で、ゲジョーは引き続き任務に当たろうとしていた。自身の恩人と称える、マダムやザイガへの忠誠を貫く為に。
そして六月四日の金曜日の朝だった。
十縷と和都はいつも通り、朝の自主トレを行うべく寿得神社を目指してジョギング気味に走っていた。
時刻は五時台で、普段なら滅多に通行人と擦れ違わないのだが、この日は違った。
(人だ。早番の出勤なのかな?)
自分たちが進む先から、一人の人物が向かって来るのが見えた。しかも小走り気味の速度で。歩道も余り広くはないので、衝突を避ける為に二人は歩きに切り替えた。その間に向かって来る人物との距離は縮まり、その人物の様子が細かく見えた。
(多分、大学生か? ながらスマホで速歩きって、危ない人だな)
十縷と和都の心の声が一致した。その人物は若い女性で、明るい金色に染めた頭髪とヒップホップでも歌い出しそうな服装から、大学生かと推測された。
そんなことより最も気になったのは、彼女が両手に持ったスマホの画面を凝視して、完全に俯いた状態で歩いている点だった。しかも焦っているのか、歩行速度はやたらと速い。気付けば、すぐに十縷と和都の眼前まで迫って来た。突撃してくるのも同然の勢いで。
(ちょっと…! 本当にぶつかるよ!!)
彼女は下を向いたまま進行方向を変えず、十縷と和都はそれぞれ左右に身を翻す。かくして彼女は十縷と和都の間を切り裂き、二人に全く頓着しない様子で速度を緩めず、ひたすら突き進んでいった。
この困った人物に、十縷と和都は振り返って批難の視線を送る。
「あの子、関東科学大学の学生か? 朝から実験があるのかも知らねえけど、歩きスマホは駄目だな。あの調子じゃ、気付かず赤信号で渡って轢かれるぞ」
和都は、進行方向から彼女が目指しているだろう大学を予想しつつ、彼女の行動を批判した。十縷も同意見で、相槌を打つ。
「僕らのこと、気付いてなかった感じでしたね。スマホに釘付けで…」
ところで十縷は、この女性について非常に引っ掛かる点があった。
「何のサイトか知らないけど、あんな不気味なヤツにのめり込むなんて…」
十縷はそう呟いた。和都には意味が解らなかったので、十縷は追加説明をした。
視覚情報に強い十縷は、すれ違いざまにしっかりと視認していたのだ。彼女が凝視していた、スマホの画面を。それが彼の言う【不気味なヤツ】だった。
「全体的に黒くて、ど真ん中に釘を打ち込んだ藁人形の絵があって…。垂れた血みたいな赤い文字で、デカデカと呪いとか書いてありました」
一瞬だけ見えたスマホの画面に映し出されていたものが何だったのか、十縷は説明した。それを聞いて、和都は顔を歪める。
「ヤバい子だな…。時間的に、誰か呪ってきた帰りか? 怖ぇな…」
奇怪な者と擦れ違ってしまった。ちょっと不吉だ。この時、二人はこの程度にしか捉えていなかった。
まさか、自分たちが既に進行しているニクシムの作戦に遭遇していたなど、全く思い至らなかった。
次回へ続く!
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