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社員戦隊ホウセキ V/第36話;二人の違い

前回


 扇風ゾウオとの戦いで精彩を欠いた十縷は、心身共に鍛える為、和都と同じ鍛錬を積むことにした。

 仕事の後に筋トレをし、夕飯と言うか蛋白質を摂取した後、更なる残業に臨み、翌朝は五時起きで自主トレに臨む。


 そんな生活を始めて二日目、四月十三日の火曜日の七時頃、事は起きた。

 気付くと、十縷は見慣れない部屋に居た。壁を除く三方がカーテンで仕切られており、そこにベッドが四つ並べてある。そのうちの一つに、十縷は横たわっていた。仄かに漂う臭いは消毒液のようだ。遠巻きに、女性の話声も聞こえる。
    ここは何処で、自分に何が起きたのかと十縷が悩んでいると、カーテンを開けて女性が入ってきた。

「あっ。熱田君、目が覚めたの? お姐さん、熱田君が起きました!」

 その女性は光里だった。スーツ姿の彼女は、十縷が目覚めたのを確認するや後ろを振り返り、カーテンの外にそう言った。
    呼ばれる形で、白衣を纏った伊禰も姿を見せた。

(ここは医務室か……。僕、倒れたんだね)

 ようやく十縷は状況を理解した。そして上体を起こそうとしたが、腹筋に痛みが走ってできなかった。そんな十縷に光里は眉を顰め、伊禰は微笑む。

「体は正直ですわね。急な負荷は、体を傷めるだけですわよ」

「予想通り。伊勢さんは誰でも自分並みに鍛えられると思い込んでるし、熱田君はノリだけで突っ走るし……。どうして現実的な検討ができないかな……」

 この勢いで、二人は十縷に説明した。
 十縷が倒れると予想して、社林部長と伊禰がずっと会社に待機していたことを。そして十縷は倒れ、医務室に待機していた伊禰が早急に対処したと。
    更に、光里や時雨、そして愛作やリヨモにもこのことは知らされ、光里と時雨は運動部の練習を終えた足で会社を訪れたのだと。

「お前をここまで運んだの、俺と伊勢だからな。感謝しろよ。ついでに伊勢は、剣道部の北野君が説教中だ」

 説明の途中で、社林部長も姿を見せた。彼は目覚めた十縷に安堵した様子だった。十縷は申し訳なさそうに一礼する。

「熱田君が倒れたって聞いて、リヨモちゃんも取り乱したんだよ。だから私、様子見に言ってくれってせがまれて……。大変だったんだから」

 光里は憎まれ口っぽく言いつつ、ホウセキブレスを十縷の方に向けた。ブレスに備わった緑の宝石が、リヨモの映像を投影する。

『ジュールさん、大丈夫ですか? 一生懸命なのは素晴らしいのですが、頑張り過ぎには注意してください』

 リヨモの顔と声は一定だが、代わりに耳鳴りのような音と鉄を叩くような音が不安定に響く。本当に多くの人に心配を掛けたのだと、十縷は実感した。

「迷惑掛けて、ごめんなさい。僕が弱いばっかりに……」

 十縷の口から、自然とそんな言葉が漏れた。これに対しては、伊禰が対応する。

「そこは心配無用です。仲間とは、持ちつ持たれつの関係ですから。弱いことを悔いるのではなく、無謀な強化を試みたことを悔いてくださいませ。先も申し上げました通り、急な負荷は体を傷めるだけで、成長には結びつきませんので」

 十縷を励ましつつ、苦言を呈した伊禰。彼女の言うことは尤もだ。しかし、十縷は素直に聞き入れることができなかった。

「でも……。去年の伊勢さん、もっとやってたんじゃないんですか? 聞いたんですけど、伊勢さんって元々あんな体格じゃなかったんですよね? 努力したんですよね? それを考えると、甘えていられないって思って……」

 十縷が語ったのは、営業の掛鈴や筋肉屋の大将がサラりと話したこと。それが、彼を無謀な鍛錬に駆り立てるのだ。
 この発言を受けて、三人は少々渋い顔をした。

「確かにワット君、社員戦隊に選ばれたばかりの時は、ヒョロヒョロでしたわね。美術一筋で、運動はカラっきし。背が高いだけで、今のジュール君と同じような頼りなさを醸し出してました。でも、血の滲むような努力をされた結果、仰る通り短期間で今のような逞しい体つきになりましたわ」

 伊禰は当時を振り返り、しみじみと語った。
    ならば自分も……と十縷が言おうとしたが、そりより先に伊禰は言った。

「ですけど、ジュール君には同じことを推奨できません。以後も続けるなら、貴方を出勤停止にします。産業医には、そのような権限もありますので」

 口調こそ軟らかいが、伊禰の言葉は強烈だった。十縷はそこそこ衝撃を受け、俯いて黙った。それを確認した上で、伊禰は語った。

「去年、私はワット君に過酷な鍛錬は止めるよう言いました。しかし彼と話していたら、鍛錬を辞めさせた方が、彼には良くないと判断して、危険ですが続けさせることにしました。彼は自分が弱いと思い込んでいて、自分が特殊部隊の足を引っ張ることばかり心配していました。ですから鍛錬を止めさせたら余計に不安が増大して、彼が精神に支障を来す恐れがあると判断致しましたの」

 そう語る伊禰の脳裏に、去年の和都の言葉が甦る。

「隊長は武器の扱い方が上手い。姐さんは武術ができる。神明は運動神経が抜群に良い。でも、俺は何も無いんです。でも多分、頑張れば純粋な筋力は得られると思うんです」

  

「彼は事実を悲観的に捉えがちですが、どうやらそれが原動力になるそうで…。ワット君は私たちの中で最も精神が頑丈だと、私は思っています。あんな方、そうそうはいらっしゃいません。ですから、同じことをジュール君にすることは勧められません」

 真剣な眼差しを十縷に突き刺しながら、伊禰は彼を諭した。十縷には返す言葉が無かった。
 光里と社林部長も口を噤み、この場はお通夜のようになってしまった。


 十縷が医務室で伊禰の話を聞いていた頃、和都は時雨と愛作と一緒に居た。場所は一階の一角にある、ソファーがコの字に並べられた休憩所だ。
 和都と時雨は缶入りの烏龍茶、愛作は缶コーヒーを飲みつつ対談する。と言っても、こちらも雰囲気は暗かった。

「すいません。俺が無茶させたから、こんな遅い時間に呼び出す形になっちまって……。姐さんも、昨日から俺たちが帰るまで医務室に居てくれてたなんて……」

 十縷と同じく、和都も周囲の対応を聞いて居た堪れない気持ちになっていて、真ん中のソファーに陣取り、俯いたまま弱々しい声で詫びた。

「あの時のお前ら、どうせ言っても聞かなかったろ。だから、一度失敗させて学ばせようかと思ってな。まあ、気にすんな。こうやって成長するモンだ。それに、後輩を鍛えようと思ったお前の心意気は立派だ。だから、全否定はすんな」

 和都の右側のソファーに座る愛作が、和都を励まそうとする。実際、彼の声は明るかった。しかし、そう言われても和都は自己否定をしてしまう。

「姐さんの言ってた通りでした。熱田は会社に慣れるだけでも精一杯なのに、酷な要求をし過ぎて……。あいつにも酷いことをしました。俺が無理強いしなければ……」

 和都の口からは、懺悔の言葉しか出て来ない。愛作は困り顔だ。
 すると、和都の左側のソファーに座る時雨が、静かに語り始めた。

「無理強いではない。昨日の様子だと、熱田も進んでお前について行っていたし、社林部長もそう感じていらっしゃったそうだ。熱田は今の自分を変えたいと思って、お前に従った。少なくとも無理強いではない」

 静かに所見を語った時雨の方に、和都は目をやる。そして時雨も静かに語り続ける。

「確かに熱田は基礎体力が無く、鍛えなければいけない。去年のお前と同じだ。しかし、誰もがお前みたいに強い訳じゃない。あれだけの鍛錬は今の熱田には酷だった」

 時雨の話は筋が通っているようで、矛盾しているようで……。和都は、この一言が猛烈に引っ掛かった。

「俺みたいに強いって……。一番弱い俺に、何を言ってるんですか?」

 和都はすかさず、そう返した。「らしいな」と言わんばかりに、時雨も愛作も苦笑する。

「あれだけの自主トレと残業をこなせる奴の、何処が弱いんだ?」

 まず、愛作がそう言った。それでも和都はピンと来ず、首を傾げ続けている。自己評価の低さが、理解を妨げているようだ。
 だからか時雨はこの話題を脇に退けて、鍛錬の内容に話を絞った。

「基礎体力の向上は程々にして、他の強みを伸ばせればベストなんじゃないか? その強みが何なのか、お前は解かってるんじゃないのか?」

 十縷の強み、それは想造力でしかないだろう。それを伸ばして、最大限に生かす方法……。それを和都は真剣に考え始めた。


 和都が十縷の強みを最大限に生かす方法を考え始めた頃、十縷も同様に悩んでいた。

「伊勢さんと同じようにはできないなら、僕はどうすればいいんですか?」

 ベットに横たえたまま呟いた十縷の疑問に答えたのは、光里だった。

「自分で考えなよ。想造力、強い筈でしょう?」

 何気ない一言だが、十縷はハッとさせられた。そして、光里はそのまま続けた。

「忍耐力じゃ誰も伊勢さんに勝てないよ。でも、想造力なら誰も熱田君に勝てないじゃん。そっちを生かしてみたら?」

 この言葉はかなり的を射ていた。これを受けて、十縷の頭は活性し始める。

(確かに、体力が全てじゃないもんな……。基礎体力の向上は必要だけど、これをちょっと軽めにして、代わりに想造力を生かすようなバトルスタイルを確立すればいいのか? それが僕の目指す道か?)

 少しずつだが、十縷は核心に迫りつつあった。その影響か、顔に見えていた疲労の色は先より薄くなっているように見えた。
 雨降って地固まるとでも言いたいかのように、事態は丸く収まりつつあった。


 しかし、そんな時に限って悪い知らせが入る。伊禰と光里の腕時計が、それぞれピンクと緑の光を発しながらホウセキブレスの形になる。

『祐徳、神明。ニクシムが現れた。今すぐ出撃してくれ。熱田は寝かせておけよ』

 ブレスからは愛作の声が聞こえてきた。

 愛作の指環が橙色の光を警告灯のように発したことは、想像に難くなかった。
 愛作の連絡から余り時間を置くことなく、次はリヨモから映像が送られてきた。

『先日のゾウオと巨大なカムゾンが、それぞれ別の場所で暴れています。このカムゾン、ゾウオと同じ武器を使っていまし、額にはゾウオと同じ装飾があります。おそらく、以前に現れた巨大なカムゾンより強力かと……。憎悪獣とでも呼びましょうか』

 別の場所で猛威を振るうゾウオと憎悪獣。
 今まで体験したことのない事態に、五階の伊禰たちも一階の時雨たちも、驚きを隠せなかった。


 愛作が社員戦隊にニクシムの出現を知らせた頃、一般人にはマスメディアが同じ情報を知らせていた。

 とある歓楽街の駅でも、通路の壁に備えられた有機ELのディスプレイが文字のみのこんな表示をしていた。

詩武屋しぶやに巨大な怪生物、良極りょうごく須見田川すみだがわ沿いに人間大の怪生物が出現』

 ディスプレイの前を多くの人々が通過するが、その表示に反応するのはごく数名だった。

「扇風ゾウオに扇風カムゾン……。まずは快調に暴れているな」

 ゲジョーは、その駅前にあるバス停留所に設けられたベンチに腰掛け、膝の上に置いたタブレット端末の画面と行き交う人々を交互に見ながら呟いた。

 ところで彼女、出立はニクシムの本拠地に居る時と同じで、黒いゴスロリのドレスを着て、縦巻きのツインテールの毛先を新橋色に染め、同じ色のリップとアイラインを引いていたが、意外に周囲に溶け込んでいた。
 行き交う人々の中にも、髪をピンクや緑に染めて逆立てている者や、刺々しい銀装飾を施した黒い革ジャンを来た者が何人も居たからだ。

(ドローン撮影は便利だな。別々に行動しても対応できるし、何より近づかなくても撮れるから、スカートを捲られる心配も無い)

 ほくそ笑むゲジョーが眺めるタブレットの画面には、二つの映像が映し出される。言うまでもなく、扇風ゾウオと扇風カムゾンも映像だ。彼女はドローンを送り、二か所の様子を同時に撮影していた。


 場所は違うが、どちらも芭蕉の葉を模した緑色の扇を振るい、猛烈な風を起こしていた。扇風カムゾンは電飾が鮮やかな繁華街で、行き交う人々や道往く車を吹き飛ばす。自分の二倍以上はあろうかというビルにも風を当て、ガラスを砕いたり外壁を剥がしたりと暴れ回る。
 扇風ゾウオは仄暗い河川敷で川面を激しく揺らし、夜の宴に繰り出した五隻ほどの屋形船を苦しめる。その猛威は留まるところを知らなかった。


次回へ続く!

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