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社員戦隊ホウセキ V/第45話;それぞれの役割

前回


    五月二日の日曜日、光里は出現した念力ゾウオとの戦闘より、日本実業団陸上大会の女子100 m走の決勝への出場を優先した。
 結果、ホウセキ Vは念力ゾウオを撃破できなかった。
 ジレンマの末に光里が採った選択肢は誤りだったのか? 帰路の途中、唐突に光里は号泣し始めた。


 千秋の車と別れた十縷のサイドカーは、公営の公園に到着した。ここは十縷が大学時代に、写生などで何度か訪れた場所である。池とそれを囲む造成林という構図は、見栄え良い風景だ。
 池の畔の駐車場にサイドカーを駐め、二人は下車せずにその風景を臨んだ。

(これ、普通に来てたら最高なんだけど……)

 ここはデートスポットで、十縷もいつか女性をここに連れて来たいと思っていた。その願望は叶った形ではあるが、とても喜べる状況ではない。

「気ぃ遣わせて、本当に迷惑掛けたね。ごめんなさい。私、皆さんの前で何度も泣いてるんだけど、ジュール君は初めてだよね。ビックリさせて、ごめんなさい」

 光里に風景を愛でる余裕は無く、ひたすら謝罪してくるだけだ。暗い気持ちも全く晴れる様子を見せない。十縷が困惑する中、光里は語り続けた。

「私、何やってんの? ニクシムが出たなら、すぐ行かなきゃ駄目に決まってるじゃん。何を血迷って、走ってから行けばいいなんて……」

 側車に座ったままの光里は、立てた膝の間に顔を埋めて嘆き始めた。十縷はバイク側から、そんな光里の姿を見下ろして思った。

(やっぱ自分に厳しいんだな……。でも、自分を責め過ぎじゃない?)

 そう思った十縷は、その気持ちをそのまま言葉にして光里に掛けた。

「応援してる人に嘘吐きたくなかったから、試合を優先したんだよね? それって、悪いことなのかな?」

 十縷に言われて、光里はハッとして彼の方を見上げた。そして、十縷は続ける。

「神明さんって、言い訳しないよね。初めて会った時、“ 一月は怪我したって嘘吐いてごめんなさい  ”  って謝って、出撃があったから仕方ない、みたいなことは言わなかった。それと、他人のことを第一に考える人だよね。巨獣が初めて出た時、僕が一人で出撃したの  “   貴方が死んだら、周りの人がどんだけ悲しむか考えた!? ”  って叱ってくれた。そういう人だからさ、会場で観客を見たら途中で抜け出せなくなったんじゃない? 今回のこと、僕は神明さんの優しさが表れた結果だと思ってる。悪いことじゃないよ」

    十縷はこの約一ヶ月で光里と接した所見と併せて、今回の光里の行動を評価した。それを聞いていた光里は、話が進むにつれて目から再び涙が溢れ出し、更には嗚咽まで始めた。

(えっ? また泣くの? どうしてよ!?)

 思惑とは違う展開になり、困ってしまう十縷。どうやら光里はかなり涙脆いらしい。声を震わせながら光里は言った。

「ジュール君……本当に迷惑しちゃね。そう言って貰えて、凄く嬉しい。だけど、応援してくれる方を言い訳にしたら駄目だよ。これは私の判断ミス」

(自分に厳しい……。タイプは違うけど、ワットさんに近いな。こういう人だから、イマージュエルに選ばれたのかな?)

 光里の発言を受けて十縷はいろいろ納得すると共に、彼女の心意気を心底見上げた。そして、光里は続ける。

「私、リヨモちゃんの境遇を聞いて、こんな辛い思いを誰にもさせたくないって思った。これは紛れもない私の意志。だから、この意志は絶対に貫かなきゃ駄目だった。本当にワットさんの言う通り。貫けないなら、この任務を受けるべきじゃなかった……」

 そう言うと、光里はまた顔を立てた膝の間に埋めた。その言葉には、固い決意とそれ故の深い後悔が籠っていた。
    それは十縷にもしっかりと伝わり、だからこそ掛ける言葉もなかなか見つからずに苦悩した。


 千秋の車に乗った一行は、寿得神社の離れに到着していた。ここで社長の新杜愛作と合流し、離れの一階にて集会となる。今回はメンバーが特殊で、十縷と光里とリヨモが不在で、代わりに副社長の千秋が居るという布陣だった。時雨と千秋から話を聞き、愛作は顔を歪ませながら頷いていた。

「なるほど……。やっぱ、神明は強制で出撃させた方が良かったな……。俺の判断ミスだ。曖昧な指示を千秋に出したばっかりに……」

 愛作の口から出たのは、後悔の弁だった。内容は先に車内で副社長である妹・千秋が言ったことと同じだった。彼と対峙する時雨たち三人も、自ずと暗くなる。

「すいません。俺、言い過ぎましたかもしれません。神明のことだから、観客の為に試合を優先したんだろうって思ってます。それでも、許容しちゃ駄目だと思いました。その行動一つで、死傷者の数が激変するんで」

 愛作の言葉に返すように、和都も反省の弁を述べた。しかし、愛作も千秋も彼を責めることはなく、二人とも清々しい笑みを浮かべていた。

「それでいいわよ。あんたみたいな奴が居なきゃ、甘ったれが付け上がって全体が弛むからね。だから胸張って、これからも自他共に厳しくやんなさい。お姐ちゃんを否定したことも、自分の信念なら貫きなさい」

 思わぬ形で、和都は千秋から誉められた。驚きながらも、和都は「どうも」と頭を下げる。
    だがこうなると、こちらの人は具合が悪かった。

「申し訳ありません。私が甘いから、彼に叱り役をやらせてしまって……」

 それは伊禰だ。時雨を挟んで和都の右側に居る彼女は、そう言って唇を噛みしめた。
    しかし伊禰もまた、責められることはなかった。

「お姐ちゃんは今のままでいいの! あんたみたいな奴が居なきゃ、心の拠り所が無くなるでしょう。チームには、あんたも必要なの。これからも自信持って、優しいお姐ちゃんでいなさい」

 伊禰もまた、千秋から賛辞を貰った。その展開を伊禰は意外に思ったが、決して気分の悪い話ではない。自ずと口許が緩んだ。
    かくして立て続けに二人を誉めた千秋だが、この人のことも忘れていなかった。

「勿論、北野君も必要。さっきは本当に上手く仲裁したわね。動じずに全体を俯瞰できるのは、本当に立派だわ。自分の好みを差し置いて中立の立場を取れるから、どっちかに偏ることもなく全体がまとまる。あんたも、今の姿勢を貫きなさい」

 不意討ちのように誉められて、時雨は正直に驚いた。しかし、すぐに「ありがとうございます」と頭を下げた。

「お前、そんなに関わりが無い筈だけど……。こいつらのこと、よく解ってるな。大したモンだな」

 副社長である妹の手並みに、社長である兄は舌を巻いた。対して妹は「さっき見た時に、思ったことを言っただけ」と、過剰に自慢するような真似はしなかった。
     一方の兄も、妹に見せ場を取られ続けている訳にいかない。と言う訳で、妹の話を纏めた。

「結果に対するフィードバックは大切だ。その中で個人の失敗が浮き上がって、それを指摘しなきゃいけない時もある。でもな、指摘と否定は違う。失敗した人を責めればいいって訳じゃない。必要なのは、次はどう克服するかってことだ。その為に、何が悪かったのか考えなきゃいけない。許すだけじゃ駄目だ。大切なのは、指摘と許容の匙加減だ。お前らはチーム全体で、それができてる。これを続けてくれ」

 社長らしく、愛作は仕事の在り方を述べた。一同は自ずと頭が下がる。かくして会合はお開きの雰囲気になりつつあったが、実は本題については何も述べられていない。それは、千秋から指摘が入った。

「ところで、取り逃がした念力ゾウオとやらだけど……。それは光里とエロ助が合流しないと話せないかしら?」

 社員戦隊にはノータッチの千秋だが、やたらと進行が上手い。エロ助と聞くと伊禰が吹き出すのはさておき、指摘は的を射ていた。「確かにそうかも」と、愛作や時雨が悩みだす。

 解散するにもしにくい状況になり始めたその時、二階からドタドタとリヨモが階段を駆け下りて来た。

「その件なのですが……。光里ちゃんとジュールさんで、今から念力ゾウオの攻略法を編み出すとのことです」

 駆け降りて来たリヨモは、鉄を叩くような音を鳴らしながら一同にそう伝えた。それを聞いて、一同は堪らず響動いた。

「神明と熱田が二人で? あの二人、本当に相性が良いのか? 千秋、お前どんだけ見る目あるんだ?」

 一番驚いていたのは、愛作だった。兄に一泡吹かせて、妹で副社長の千秋はしてやったりと言いたげな表情を見せていた。


次回へ続く!

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