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社員戦隊ホウセキ V/第10話;労いのリンゴパーティ

前回


 入社初日、いきなり「君は五人目の戦士だ」とか言われ、戦場に連れて行かれた十縷。そして今、彼は社長の新杜愛作が開く、特殊部隊を労うリンゴパーティに参加している。 
 ゆっくり考えてる暇もなく、振り回されっ放しの四月一日木曜日だった。

(取り敢えず、この人たちがどういう人なのか、知れるだけ知ろう)

 貰ったリンゴを齧りながら、十縷は周囲を見渡した。ちゃぶ台の周囲には、十縷を起点にして反時計回りに、伊禰、時雨、愛作、リヨモ、光里、和都の順に座っている。
   その中で最も気になるのは、光里とリヨモである。この二人は何処までも不思議だった。

「光里ちゃん。昨日の【フォーミュラ】、観ましょうよ」

 ずっと鈴のような音を鳴らし続けているリヨモが、光里の左腕を摩りながらそう言った。
    ところで【フォーミュラ】とは、カーレーサーを目指す少年たちを描いたアニメ作品で、原作者は【ジュエルメン】を描いた【小曽おそばけきよし】である。

    作品の存在は十縷も知っていたが、まさか異星の姫がこれを話題に出すとは夢にも思わず、ぶっ飛びそうなくらいに驚いた。

「そうだね。昨日は私の都合で、本放送逃しちゃったもんね」

 リヨモに言われて光里はスマホを取り出し、見逃し配信で昨日の放送分を鑑賞しようとする。隣のリヨモも光里に肩を寄せ、琥珀のような目でスマホの画面を見つめ始める。二人は完全に、アニメを観る体勢になっていた。

(何、これ!? ジュエランドのお姫様、地球のアニメ観るの!?)

 小一時間前に抱いた印象が、次々と崩されていく。十縷は衝撃を受け続けていた。ところで、若いOLとトルコ石で作られた能面のような顔をした異星人が、同じスマホでアニメを観る。何ともシュールな光景だ。しかし十縷は、これを奇妙とは思わなかった。

(何か、いいな。凄く、いい……)

 光里の笑顔と、それを包むように響くリヨモの鈴のような音。これらに十縷は独特な魅力を感じ、心が洗われるような気持ちになった。いつまでも、この二人を見ていられる。

    そんな風に浸っていたが、右隣の伊禰がそれに構わず話し掛けてきた。

「レッド君って、十に一縷の縷で十縷と書かれましたよね? ジュール君と呼ばせて頂いて宜しいでしょうか? 実は私、貴方のお名前を初めて拝見した時、十縷じゅうると普通に読んでしまいまして……」

 伊禰は笑いながら、あだ名を提案してきた。食いつき易い話題で、十縷は喜んだ。

「ジュールですか? 是非とも、そう呼んでください! 実はこの名前、“  一縷の望みじゃない。望みは十個でも何個でもある  ”  っていう思いを込めて、母が付けたんですよ。だから十縷じゅうるっていう読み、ある意味で正しいんです。祐徳先生、さすがですね!」

 伊禰が作った流れに乗じて、十縷は自分の名前の由来を語った。直で話していた伊禰の他、愛作や和都、そして時雨も「なるほど」と頷く。
    伊禰は「良いお名前ですね!」とニッコリ笑ったが、その数秒後には何故かケラケラとバカ笑いを始めた。

「この会社、本当に力学の単位になった学者みたいな名前の方が多くて……。宝飾デザイナーって、力学と何か関係があるのでしょうか……」

 笑う伊禰はそんなことを言っていたが、十縷は意味がさっぱり解らず首を傾げる。そして他の面子は、聞き流しているような感じだ。そんな中、伊禰は続ける。

愛作アイザック新杜ニュートンがいらっしゃるし、伊勢君は和都ワットですし……。それに十縷ジュールが加わるなんて、これは単なる偶然とは思えませんわ」

 伊禰はそんな理由で笑っているらしい。十縷は少し考えて辛うじて理解できたが、笑えなかった。そして、社長を平気でネタにするこの産業医に、複雑な驚きを覚えた。

    当の社長は以前にも言われたことがあるのか、「ニュートンのネタはもう良いよ」と呆れた感じで返答していた。

ねえさんのネタは基本的に解りにくいんですよ。力学の単位とか言われても、俺はもう忘れましたから」

 伊禰はこの手の発言が多いらしく、和都も愛作社長と同じような反応を見せていた。
   しかしそんなことより、和都の反応は十縷にとって意外だった。

(饒舌じゃん? しかも、姐さんとか呼んで……。こんな人だったっけ?)

 今朝の様子から想像される和都なら「ああ」程度で流しそうなものだが、その予想を裏切って彼は随分と親し気だった。
    このことに驚く十縷の横で、伊禰はケラケラ笑い続ける。

「でも、こんな偶然ってありませんわよ! 社長に長さを掛けたらジュール君になって、ジュール君を時間で割ったら伊勢君になって…!」

 何が面白いのか不明だが、取り敢えず伊禰としては最高に面白いらしい。
    しかし、周囲に共感してくれる人はいないようだ。

「お姐さん。科白が聞こえなくなるんで、もう少し静かに笑って貰えませんか?」

 只今リヨモと二人でアニメを観賞中の光里が、スマホを見たまま冷ややかに苦情を述べてきた。
    いまいち悪い反応に伊禰は口を尖らせつつ、「ごめんなさーい」と拗ねたように平謝り。その様を見て、和都は安心したように笑っていた。

(祐徳先生、変わってるな…。物知りで、笑いのツボが独特。特技は拳法……。面白い人だな)

 一連のやり取りから、十縷は一同の人柄を分析する。
    まず伊禰を、多面性があり面白い人物として認識した。そして次に、和都と時雨を交互に見る。

(伊勢さんと隊長さんはキャラ被りと思ったけど、本当に寡黙なのは隊長さんだけだな。伊勢さんは親しくなれば、喋って貰えそう)

 今朝の和都が見せた不愛想さを心配していた十縷だが、今の和都を見たら認識は変わり、親密になれるだろうと見込み直した。
    対して時雨は談笑をせず、時折伊禰の方に目を向けるだけ。何より雰囲気が厳格なので、十縷は思った。

  (隊長さんの前では真面目でいよう。多分この人、冗談とか通じないタイプだわ)

    その次に、十縷は社長の新杜愛作について考えた。

(社長はリンゴ切ってくれたり、優しいな。ニュートンとか言われても流すし。ジュエルメンおたくは放っておいて、良い人なんだな)

 鬱陶しい上司ならこういう会で誰も望まない演説でもしそうだが、愛作はそれをしない。純粋に部下を労っていると十縷は認識し、この社長に安堵していた。

   そして、最も気になるのはやはりこの人たちだ。

(光里ちゃんとジュエランドの姫様、仲良いな。この会で、二人の世界に没頭するなんて、よっぽどだぞ。どうしてここまで仲が良いんだ?)

 光里とリヨモを見ながら、十縷は改めてそう思った。二人が親密なのは良いが、どうしてここまで親密なのか? 当面の間、これが十縷の興味の一つとなるのは必然だった。


 やがてリンゴは食べ尽くされ、光里たちが視聴していたアニメも終わったので、そこで解散となった。

    リヨモはそのまま離れに残り、愛作は「両親と話してくる」と言って社務所と一体化した家屋へ行った。残り五人は正門の鳥居の方に向かった。

 この後、公営の公園で陸上の練習がある光里と帰宅する伊禰が同じ駅に向かい、時雨は剣道の稽古、和都は自主トレの目的で新杜宝飾が保有する体育館に徒歩で向かうようだ。

    かくして十縷は一人で男子寮へと帰ることになるのだが、皆と別れる前に十縷はこれを知りたいと思っていた。

「あの、神明さん。これから練習って、大変だね。戦いの後、そのまま佐々木公園に行っても良かったんじゃない? 車、ちょっと寄り道するだけだし」

 鳥居をくぐる直前に、十縷は思い切って光里に訊ねた。勿論、リヨモとの関係について探りたいからだ。
    昨日は十縷に引き気味だった光里だが、ようやく慣れてきたのだろうか? 表情を凍らせたり曇らせたりすることなく、十縷の問い掛けに応じた。

「まあ、傍から見たらそう思われるでしょうけどね。だけど多少無理してでも、あの子とは顔合わせておきたいんですよ。あの子、私たちが戦いに行くと、凄く心配しますから。だから、私もあの子の顔見ないと、安心できなくて……。そんな感じです」

 光里は淡々と、自分の気持ちを語った。表情はどちらかと言えば爽やかで、帰りの車内の落ち込んだ様子は消えていた。
    この語り口から、十縷は思った。

(友達って言うより、姉妹みたいな関係なのか? 光里ちゃんがお姉さん役?)

 光里とリヨモの関係は改めて不思議だった。

 ついでに光里が【リヨモちゃん】と呼ぶのは、マ・カは【王の娘】という意味で、彼女自身の名はリヨモだからだと教えて貰った。この情報を受けて、十縷はこれから彼女を【リヨモ姫】と呼ぶことにした。


    この会話を最後に、五人は鳥居の前で別れた。駅に向かう光里と伊禰、新杜宝飾の体育館に向かう時雨と和都、そして男子寮に戻る十縷という組み合わせで。


次回へ続く!

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