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叶とわ子・外伝/最終話;共存

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

この作品は、pekomoguさん原作の『心の雛』のスピンオフ作品です。

【心の雛】の原作マガジン

https://note.com/pekomogu/m/me0868ad877bd


 叶とわ子は、奥野心が保護した妖精シルフ・雛に出会った。

 凶暴な性格で人語を介さない妖精とは意思疎通ができないと考えられていたが、実態はそれとかけ離れていたことを、叶とわ子は知った。


 雛は自分を救った奥野心を慕っていた。いや、雛が奥野心に向ける感情は、おそらくそれとは異なる。


 幼いけれど気が強く、奥野心への独占欲が激しい。雛はそんな性格をしていた。
 まるで、小学校の時に何人かいた、若い男の先生に本気で恋をしている女子のような感じだった。


 要するに、人間と大差無い感性を持っていたのだ。


 それを知った叶とわ子は、行動を起こした。


 まず無残に狩られた妖精たちの生首を、遺伝子工学の学者である園崎進に託した。

 彼が進めている、妖精の血液や涙の成分を、人為的に合成する手法の研究を助ける為に。

 これ以上、妖精が狩られないようにする。

 叶とわ子は、その決意を実行するべく、動き始めたのだった。


*  *  *


 園崎進の元を訪れた数日後、叶とわ子はこの人物の元に足を運んだ。

「この服を作って欲しいんだけど、作って頂ける? 人間で言えば、小学校の高学年くらいの年齢に当たる妖精が着れるくらいのサイズって言えば、理解してもらえるかしら?」

 その人物とは、辺鄙な森の近くに工房兼店舗を構える人形作家。妖精の捕獲要員を兼任していて、叶に妖精の頭部を提供していたあの人物だ。

 この日、叶から思わぬ依頼を受けた彼は、話を聞くや馬鹿笑いを始めた。

「アンタ、こんな若い子向けのファッション誌なんか読むの? しかも、妖精が着れるサイズって…。妖精の養殖でも始めたの? 家で食べる為に?」
 叶の年齢や性格、そして今までの方針から考えると、この依頼は滑稽に思われても仕方が無かった。
    二十歳前後の女性が読んでいそうなファッション誌を開き、高校生と思しきモデルが着ている服を指して、「これの妖精サイズを作って欲しい」などと頼んで来たのだから。

 腹が捩れるくらいに笑う彼に、叶は冷ややかな口調で言った。
「とにかく、できるかどうか聞いてるの」

 問われた人形作家は取り敢えず一しきり笑った後に、叶の問に答えた。
「服を作るのは簡単だ。甘ロリだか森ガールだか、ありがちなデザインだしな。ただ…。妖精用だったら、背中に羽用の穴が必要だな。羽の位置は、妖精によって微妙に違うんだ。何より、具体的なサイズ。要するにオーダーメイドの服だからな。これが判らんと、何も始められん。服を着せたい妖精を持って来てくれねえか?」
 職人魂に火が付いたのか、作家は服を作るのに乗り気だった。目がいつも以上に、爛々と輝き始めた。

 対する叶はクールな表情を少し崩し、眉間に皺を寄せつつ返答した。
「妖精を連れる来るのは難しいわね。私が保護してる妖精じゃないし。だけど、羽用の穴は必要ないわ。羽はもう一枚も残ってないから」
 叶が眉間に皺を寄せたのは、雛をここに連れて来れないから。だから、具体的なサイズをこの作家に伝えることができない。叶は、それを悩ましく思っていた。

 しかし…。
 羽が一枚も残ってないと聞いた時、作家の目が急に変わった。まるで、獲物を見つけた肉食獣のような目に。
「羽が一枚も無い? なあ。その妖精、雌なんだよな? 人間で言えば小学校の高学年くらいって言ったよな? 髪の色は、茶色…正確には栗色じゃなかったか? この近くに居るのか?」

 彼は確認するように、叶が提供した情報を反復した。叶は異様な雰囲気に押されつつ、「そうだけど」と返した。すると、急に彼は立ち上がった。


「そいつ、今すぐ連れて来い。狩らせろ。奴は俺の収入えものだ」

 爛々と目を輝かせながら、彼は語った。


*  *  *


 いつか彼は三匹の妖精の捕獲に赴いた。見た感じ、両親と娘という構成に思われた。

 うち二匹は簡単に狩れた。
 しかし残り一匹は、狩り損ねた。その一匹は、栗色の毛を太腿の辺りまで伸ばした、若いと言うよりも幼い雌の妖精だった。

 捕獲ちゃんの紐で捕縛したが、その妖精は寸での所で身を捩り、刃で首を斬られるのを回避したのだ。当てを外した刃は妖精を縛っていた紐を切ってしまい、この妖精を再び自由にしてしまった。

 だがこの妖精は紐と共に、自分の翅も切ってしまった。妖精の右側の翅は、上下とも半分の短さになった。翅を損傷して地に落ちたこの妖精は、這いつくばる体勢のまま必死に翅を振るわせて、なんとか体を宙に浮き上がらせた。

 しかし、その様子は『辛うじて飛翔した』という感じで、非常に不安定な飛行だった。翅が健常の時より遅いのは勿論、航路が安定せず、上下左右にフラフラと蛇行しながら飛んでいた。
 捕まらない為の対策か、成人が手を伸ばしても届かない高さを意識して飛んでいるようだったが、何度も手の届きそうな高さまで降りて来ては、焦って高度を上げる。その連続だった。

 彼は捕獲ちゃんの紐が切れたこともあり、この妖精を素手で捕まえることにした。妖精が高度を落としたところを狙い、手を伸ばして跳び上がったのだが…。

 失敗した。
 この妖精に触ることはできたが、掴み損ねた。その結果、バレーボールのスパイクの要領で、この妖精を吹っ飛ばす形になってしまった。
 妖精は勢いよく藪に突っ込み、生い茂る低木や草の中に姿を消した。

 彼は木々や下草を掻き分け、この妖精を探したが見つからなかった。代わりに、細い木の枝に突き刺さった中に細い脈が複数通った、細長い楕円形をした透明な膜が見付かった。
    あの妖精の左の前翅で、藪に突っ込んだ際に捥げてしまったことは、想像に難くなかった。

 彼は諦めて、捜索を打ち切った。


*  *  *


 叶が服を着せたがっている妖精 = 雛は、自分が狩り損ねた妖精だ。彼はそう確信していた。

 その正否は、叶には判断しかねる。しかし、彼の要求には従えなかった。

「その妖精を連れてくることはできない。服の為のサイズを測る為なら良いけど、狩る為だったら絶対にできない」
 叶は鋭い目で彼を見据え、明瞭な声で強くそう言った。作家は片方の頬だけを震わせ、「ああ?」と不満げな声を上げる。

「何を言ってんだ? 妖精なんて、ただの薬の原料だろう? こっちは生活が苦しいんだ。とにかく、あの雌の妖精を狩らせろ」
 作家は簡単には下がらない。そんな彼を見ていると、叶の口からため息が漏れた。

 奥野心の医院で捕獲ちゃんを起動させた自分も、こんな感じだったのだろう。
 どんなに浅ましく醜いのか。当時の自分を客観的に見せられているような気がした。

 そんな思いを溜息と共に吐き捨てると、叶は静かな口調で言った。
「貴方ほどの作家だったら、一度触った妖精のサイズ感は手に残ってるわよね。その感覚を頼りに、サイズの合った服を作れないかしら?」
 相変わらず内容は服の依頼だった。無論、彼はこの問に答えない。

「んなこと、どうでも良い。その妖精を狩らせろ」
 彼はもう、それしか考えられないようだ。

 どうすればいい? 脅して聞く相手ではない。
 どうすれば、この男を思うように動かせる?

 叶は焦らず、落ち着いて考えた。すると、意外に長々と考えなくても、すぐに名案が浮かんだ。
「妖精を連れて来ずにぴったり合った服を作れたら、300万円は出して良いと思ってるわ。それでも、狩りに拘るのかしら?」

 彼を突き動かすのは、妖精を殺して得られる報酬だ。ならば、その報酬を圧倒する額を提示すれば、この男は応じるのではないか?

 叶はそう踏んだ。
 そして、その予想は大正解だった。

「それなら、狩るよりも服作った方が得だな。確かに、サイズ感は憶えてる。翅が無いから最近は飛んでない筈で、カロリー消費が減って太ってる筈だ。それと、成長を見込んで…。良いだろう。やってやるよ」
 今度はまた職人魂に火が付いたらしい。単純なこの男に叶は呆れたが、同時に安堵もして、それは溜息という形になった。

「ねえ。これからも、その子用の服を頼んで良いかしら? 年頃の女の子なのに、貫頭衣みたいなダサい服しか持ってなくて、可哀想なのよね」
 叶は、継続的にこの依頼をすることも示唆した。

    彼は爛々と瞳を輝かせたまま、頷く。しかし、同時に疑問も抱いていたようだ。
「毎回100万単位で貰えるなら、喜んで応じるが…。だけど、そこまでするか? しかも年頃の女の子とか…。相手は妖精むしだろう?」
 やはり彼は、そういう認識だった。

 叶はこれを是正する気は無かった。多分、現物を見て、自分で納得しなければ意味が無い。そう思ったからだ。しかし、言うべきことは言うことにした。
「貴方に妖精を狩って欲しくないから。その為なら何円いくら払っても痛くないわ」

 聞き流すようにぼんやりと、彼はその言葉を耳に入れていた。確実に共感はしていなかったが、全く効果が無かった訳ではない。
「何があったのかは知らんけど…。ま、俺も余計な副業をせずに済むなら、その方が良いからな」

 その返答に、叶は和やかに微笑んだ。

 今のところ、叶が最後に奥野心の医院に訪れた時、彼女が雛に渡した手土産はこのような経緯で作られたのだった。


*  *  *


 どれだけ時間が掛かるかは解からない。
 自分にどれだけのことができるか、解からない。


 だけど自分の手が届く範囲で、これ以上、心を持った存在が涙を流すのは防ぎたい。


 どんな命も心も、できる範囲で大切にしていきたい。

 一つの出会いを切欠に平穏な心を取り戻した心の医師は、新たな一歩を踏み出したのだった。



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