社員戦隊ホウセキ V/第125話;いざ億田間へ
前回
六月四日の金曜日、まだ定時前だが十縷を除く社員戦隊四人と新杜愛作は、リヨモの居る寿得神社の離れに集合していた。
というのも、医務室での会合の直後に時雨が社長室を訪れてその件について話したら、愛作が「今すぐ会議だ」と緊急招集を掛けたからだ。なお、光里にはブレス越しでも良いと愛作は提案したが、光里は「ジュールの話なら」と同席の意向を示した。
かくして六人は寿得神社の離れの一階に集合し、苛怨戦士の対策会議が始まった。
「明日、苛怨戦士は億田間にオープンする引手リゾートの新しいホテルに出ます」
まずは和都が演説する形で全体に話した。
内容は先に時雨と伊禰に話したものと同じ、苛怨戦士の行動予想と、その根拠となる十縷の過去と内心に秘めた憎しみ。
普段の十縷からは想像できなかった苛烈な過去に、初めて聞く光里と愛作とリヨモは驚いた。リヨモが鳴らす鉄を叩くような音が、象徴的に響き渡る。
「熱田にそんな過去が…。やっぱ、雰囲気だけで判断しちゃ駄目だな…」
普段の十縷から陽気な印象を受けていたので、愛作は『十縷は辛い経験とは無縁だと』思い込んでいたが、その想像は現実と異なった。そのことを痛感し、愛作は噛み締めるように呟いた。
ところで、今回は感傷に浸る為に集まった訳ではない。
「だが、億田間のホテルに出るって決まった訳じゃないから、その前提で億田間に行くのは危険じゃないのか? 別の場所に出られたら、すぐには駆けつけられないぞ」
愛作がそう言うのは、和都と時雨から「明日の朝、億田間に行って待ち伏せる」という案が出たから。億田間はここから遠いので、早めに動かないと対応できない。しかし確定情報でもないのに、予想だけで動いて良いのか? 愛作はそこを気にしていた。
「億田間に出る確率はかなり高いと思いますが…」
愛作に返した和都の口調は、先よりも自信が無さげになっていた。
当てを外されることに関して、和都も時雨も伊禰も無頓着だった訳ではない。億田間に出る確率が非常に高いので、他の確率はほぼ無視できると考えていたのだ。
しかし愛作の言う通り、低確率とは言え別の場所に出る可能性はある。それを改めて考えると、悩んでしまう。議論は前に進まなさそうになりかけたが、それは一瞬だった。
「大丈夫だと思います。苛怨戦士はほぼ100%、億田間のホテルに出ます」
いつも会議では黙りがちな光里が手を挙げて発言をした。しかもほぼ100%と、強気の発言だ。「何故そこまで言う?」と問われるより先に、光里はその根拠について語った。
「ジュールの過去を聞いて、ザイガと似てるって思ったんです」
しかしその根拠は解かり難く、一同は堪らず首を傾げる。そして、光里の話はここから先が長かった。
「伝え遅れて申し訳ないんですが、実は三時頃、ゲジョーが私の部屋に来たんです。いろいろ話したんですけど、その中でザイガの過去も聞いて…」
ゲジョーが部屋に来たと聞いて驚くリヨモ以外の一同に、光里はゲジョーから聞いた話を語った。
当時のジュエランドで展開された、不労民を巡る政策とそれに向き合った役職者たちのことを。そしてザイガの婚約者だったが、不労民に厳しい法案を出した為に流刑に処され、最終的には両親との心中を選んだオ・ヨ・タエネのことを。
「ごめんね、リヨモちゃん。気分の悪い話だと思うけど…」
マ・スラオンが悪く聞こえる話でもあるので、光里はリヨモに対する気遣いも忘れていなかった。そして光里の話は、ここに帰結する。
「ジュールのお父さん、悪くないのに会社を追い出されてたみたいだから、あいつがザイガの話を聞いたら、共感しちゃう気がするんです。流刑にされたタエネさんと、自分のお父さんを重ねて…。それにジュールは、誰でもいいから襲うっていう真似はしないと思います。苛怨戦士になっても、そこは変わってない筈です。ですから絶対、苛怨戦士は億田間に現れます」
十縷が持っている他者への共感性と正義感から、彼はザイガの話に共感して、自分が憎む者を襲う筈だと、光里は力説した。苛怨戦士になっても誰彼構わずでも襲う真似はしないという説も、苛怨戦士が光里を斬られなかった事実に照らし合わせれば頷ける説だった。
「オ・ヨ・タエネのような差別主義者は、流刑になって当然です。あのような者とジュールさんのお父様を一緒にしたら、ジュールさんのお父様に失礼です」
リヨモだけは、タエネと十縷の父を重ね合わせるのを拒絶していた。湯の沸くような音を小さく鳴らしつつ。すぐに光里はリヨモを宥めに入り、その間に残り四人を主に話は進んだ。
「それなら明日、億田間に行って来い」
和都の話、そして光里の話を受けて、愛作はその案を推した。社長兼司令を説得できた形になり、和都たち三人は喜んだ。
その間、光里はリヨモを宥めていた。というのも、リヨモから湯の沸くような音が消えないからだ。
「怒らないで。私も、貴方のお父さんが悪い王様だったとは思ってないから」
光里に宥められていると、リヨモも徐々に落ち着いて湯の沸くような音が小さくなる。そして、光里は続けた。
「貴方のお父さんはジュエランドの為に頑張ろうとした。ちょっと強権だったかもしれないけど、国民第一主義だったんだと思う。ゲジョーの話を聞いて、そうとも思った。だから安心して」
決して敵の話に靡いた訳ではないと、光里は強調した。彼女の発言が嬉しかったのか、リヨモは鈴のような音を鳴らし始めた。
「そうですね。そもそも、そんなことを気にしている場合ではありません。今はジュールさんのことに集中しなければ」
リヨモはそう自分に言い聞かせて、また元の話題に戻った。
十縷の過去、そしてザイガがクーデターを起こした原因…。今日はいろいろな話が出た。会合自体は十分程度だったが、新たに得た情報は一時間分にも相当した。
そして何はともあれ、明日ホウセキVの四人は億田間へと赴くことが決定した。
日は沈んでまた昇り、六月五日の土曜日となった。午前七時半、光里たち四人は寿得神社の駐車場に集まり、白いキャンピングカーに乗って出発した。
目指すのは億田間、引手リゾートが新たに建てたホテルだ。ニクシムが出現した訳ではないので、車に積んだイマージュエルの力で道を短縮する機能は使わなかった。
「オープンの時刻は一時ですから、この調子なら確実に間に合いますわね。ところで、私以外は朝食済みとは…。余分に買わなくて正解でしたわ」
居室でテイクアウトのハンバーガーやフライドポテトを食べながら、伊禰はしみじみと呟いていた。朝食はともかく道路は割と空いており、車の進行はスムーズだ。
(ジュール。絶対、元に戻すから!!)
落ち着いた様子の伊禰の隣では、光里が険しい表情で座っている。彼女は並々ならぬ決意に燃えていた。
それはハンドルを握る和都も同様だ。
(お前がデザインしたジュエリー、まだ世に出てねえんだ。その前に退社なんて、絶対にさせねえからな!!)
そんな和都の横顔を確認した時雨は、無表情で平静を装っていた。
そんな調子で車は進み、いつしか風景は街中から山林へと変わっていった。
時計の針が十二時半を指そうとした頃、フロントの車窓には山肌に聳える大きなホテルが見え始めた。壁の白さはまだそんなに風雨を浴びていないことを物語っており、屋上近くに見える【引手リゾート】という金色の文字も同様に鮮やかだった。
「引手リゾートのホテル、見えてきました」
車窓からホテルを確認すると、時雨がすぐにブレスで連絡する。相手は勿論リヨモと新杜で、二人は寿得神社の離れの一階に居た。
『それにしても立派なホテルだな。俺は親父から、 " 将来は社長になるんだから、間違ったことはするな " と言われてきたが…。会社もいろいろだな』
時雨のブレスからは、リヨモのティアラを介して映像を見ている愛作の皮肉が聞こえてくる。同じく同族会社の社長として、引手リゾートの社長には嫌悪感を抱かずにはいられないようだった。
いろいろな感情が渦巻く中、一行はどんどん問題のホテルへと近づく。その間、新杜家のイマージュエルが反応することは無かった。
「まだ苛怨戦士は現れていないが、いつ現れるか解らん。俺と伊禰、ワットと神明でそれぞれカップルに扮し、ホテルのレストランに入って様子見をするか?」
ホテルに近づく中、時雨はそんな提案をした。潜伏の仕方としては悪くないように思われたが、伊禰は聞いた瞬間に表情を凍らせた。
「潜伏なら、別の場所でも良いのではありませんか? 観光地なので、お店もいろいろありますし。飲酒運転の轢き逃げ犯が建てたホテルに入るのは、抵抗があります」
伊禰は即答で、時雨の案を突っ撥ねた。これ以外にも理由があったのか否かは不明だが、そう返された瞬間に時雨の顔が明らかに暗くなったのは確かで、隣でハンドルを握る和都が居た堪れない表情になってしまった程だ。
「いや、でも…。ホテルに居ないと、すぐに駆け付けられませんし…」
すぐさま和都がフォローを入れる。
かくして作戦は変更され、時雨と和都がホテルのレストランに客として潜入し、伊禰と光里は付近の店で情報収集をするという役割分担になった。話が進む間、時雨の表情には些か影があった。
一行はホテルに到着した。その時、ホテルの駐車場は既に満車気味で、空いている場所を探すのも一苦労だった。そしてキャンピングカーを駐車場で待たせ、一行は男性陣と女性陣に分かれる。
「並んでますね。レストランに入るだけか、それとも泊まってくのか…。どっちにせよ、人気ですね」
時刻は午後十二時五十五分。時雨と和都は、ホテルの入り口前にできていた行列の最後尾についた。列の長さに和都が舌を巻く。
ところで列を構成する人々を見ていると、家族連れかカップル、そして老夫婦が目立ち、時雨はその点が気になっていた。
「なあ。男二人って、浮いてるよな? 男女の方が自然だと、お前も思わないか?」
時雨はそう言いながら、悲し気な視線を和都に送った。任務の名目で伊禰と二人でランチに臨もうという彼の陰謀は、儚くも打ち砕かれた。その感情が嫌という程に籠った視線を受け、和都は返す言葉に悩んだ。
「気にしたら駄目です。チャンスはこの先、何回でもあります。めげずに頑張りましょう。姐さんはきっと、神明が心配なんですよ」
しかし和都は悩みながらも、比較的早く慰めの言葉を返した。しかも、割と的確だった。
時雨は今にも泣き出しそうな顔で、「ありがとう」と和都に心で縋った。
次回へ続く!
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