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社員戦隊ホウセキ V/第11話;冷めやらぬ興奮

前回


 男子寮の203号室に戻った十縷は、四畳半の居間で激動の本日を振り返る。

「まさかピカピカ軍団が本当に新杜宝飾の社員で、まさかそれに僕が選ばれるなんて……。お母さんの心配が、本当になっちゃったよ……」

 机の前に座った十縷は、机上に置いたホウセキブレスを見つめる。これからの新生活は不安だらけだが、それと同時に彼は興奮していた。

「ピカピカ軍団こと社員戦隊、強かったな」

 十縷はそう言いながら机に立てかけたスケッチブックを開き、普通の鉛筆と十二色の色鉛筆を取り出し、絵を描き始めた。描くのは、華麗に戦った社員戦隊の面々だ。

    十縷には興味を持ったものの外観を正確に憶える記憶力と、それを写実できる画力を持ち合わせていた。この能力は天才と言って差し支えないが、十縷にその自覚は無かった。

(宝石のゴーグルの周囲は、銅のバイザーみたいなので縁取られてた。ゴーグルと額の宝石は、人ごとに形が違う。男の人はズボンで、女の人はスカート。動き易さの為かな? スリットが深かった。女の人の足は、テーマーカラーになってたな。男の人はネクタイがあったけど、実は柄。本物じゃない)

 思い出しながら、全員の共通点を見出しそうとする十縷。その中で、更に気付いた。

(皆ベルトのバックルに、Vの字の上に、五角形がある紋章が描かれてたな。あれ、新杜宝飾の社章だよな。そう言えばリヨモ姫の服も、胸元に同じ刺繍がしてあったな。あれって、ジュエランド王家の紋章とかなのかな?)

 意外な共通点もあったものだ。真相の程が気になったので、十縷はこの件をいつか誰かに質問しようと思った。

    それはさておき、十縷は社員戦隊の各位を描き始める。最初に描いたのは、光里が変身したグリーンだ。

(やっぱ翡翠なのかな? 額は勾玉みたいだった。緑のブラウスは普通だったな。ところで、速かったな……)

 バトルスタイルを思い出しつつ、十縷はグリーンを描く。
    額に輝く緑の宝珠は、勾玉のような形。緑の宝石のようなゴーグルは、緩やかな傾きを描く、丸みを帯びたVのような形。黒いジャケットの合わせは、女性なので右前……。

    グリーンのデザインは割と描きやすかった。グリーンを描くことで女性隊員の基本デザインに慣れてきて、十縷は次にマゼンタを描き始めた。

(目は横長の楕円で、円周のカットが複雑だな。額は普通の丸だけど、こっちもカットが複雑……。ところで、結構ファンシーだよね……)

 ピンクのゴーグルにはオーバル・ブリリアントカット、額のピンクの宝石には八角形を中心に三角形を配したスイスカットがそれぞれ施されているマゼンタは、十縷が思った通りファンシーなデザインだ。銅のバイザーの耳元には花を模した装飾があり、ピンクのブラウスは変身前に伊禰が着用していたものと同じで、胸元がヒラヒラしている。このデザインで素手の格闘戦をやるのだから、本当に意外だ。

(伊勢さんのイエローは描きやすいね。結構、デザインは単純だ)

 次に描いたイエローが、最も描きやすかった。ゴーグルは横長の六角形で、額は縦長の長方形。どちらもカットは、辺を斜めに切っただけ。バイザーの装飾も、女性陣より単純だ。黄のシャツの上に着た黒いジャケットは前を開いており、厳つい印象を強めていた。

(ブルーはゴーグルが大きい。視野が広そうだな。隊長だから、全体を把握しなきゃ駄目だもんね)

 最後にブルーを描いた。他のメンバーより大きなそのゴーグルは六角形で、顔の真ん中に堂々とあしらわれていた。額の青い宝石は縦長の四角錐で、これは添え付け程度。青いシャツはイエローとは異なり襟が両肩の方向へ広がっており、その上に着た黒いジャケットは律儀に左前で合わせてあった。

 絵を描く時は時間を忘れる十縷。四人を描き終えた時、約二時間が経過していた。
   十縷がそれを知ったのは、描き終わって一息つき、時計代わりのスマホに目をやった時だった。そろそろ風呂にでも入らねばと思ったが、それと同時に十縷は思った。

「ところで皆さん、強かったけど……。本当に、僕なんかが肩を並べて戦えるのか?」

 そう思うのは、今日で何回目だろう?
 そして、この疑問は十縷を落ち着かせると同時に、海馬にしっかりと刻まれたある言葉を思い出させた。

「感謝と称する上辺だけの薄っぺらい言動などいらん。救われたことがそんなに嬉しいなら、次はお前が他の誰かに同じことをしろ。

   

     この言葉に出会ったのは、十縷が中二の時。彼は池の近くで飛蝗を狩る蟷螂を発見し、興奮してこれを写生しようとしたが、誤って池に転落して意識を失ってしまった。そんな彼を、たまたまその場に居合わせた、女子中高生が助けてくれたのだが……。
   目覚めた十縷に、この少女がそう言ったのだ。

(今まで、誰かを助けるなんて場面は無かった。でも、これから社員戦隊として戦うなら、人を助ける場面はある。って言うか、そうしなきゃ駄目なのか?)

 その少女の言葉と今の自分の状況を重ね、あの言葉に運命的と言うか、使命のようなものを感じ始めていた十縷。もしかして、あの少女は十縷が赤のイマージュエルに選ばれる未来を予知していたのか?
 十縷はそんな気すらし始めていた。そして、この件については、これ以外にも気になることがあった。

(あの女の子、顔が全然思い出せないんだよな……。どうしてだ?)

 そう。十縷は彼女の顔を全く憶えていない。興味のあるものは写実できるほど詳細に記憶できる彼が、忘れているのである。
    約九年という時間が忘れさせた、という訳でもない。実はその件の直後、十縷は彼女の絵を描こうとしたが、描けなかった。会って数時間後には、既に彼女の顔は記憶から消えていたのだ。

(どうして、あの子だけは思い出せないんだろう?)

 十縷は九年間、この疑問を抱え続けていた。あの顔を思い出せない理由が解き明かされる日は来るのか? そして、彼女から言われたことを実現する日は来るのか?

 現時点の十縷に判る筈も無く、疑問を抱えたまま無我夢中で突き進むしかなかった。


    激動の入社初日の夜、十縷は日付が変更される頃に就寝したが、なかなか興奮が醒めずに寝つけなかった。

 そして翌朝、六時半前に起床した。大学時代と比べたら、随分と早い時刻だ。睡眠時間は短い筈だが興奮が尾を引いている為か、意外にも頭は冴えていた。

(早いけど、こうなったら食堂に一番乗りでもしてやるか。もしかしたら、また伊勢先輩が居るかもな。居たら、今日は喋ろう)

 男子寮一階の食堂は六時四十五分に開く。その時刻まで、あと十五分程度。これらの情報から、十縷はその考えに至った。かくして彼は適当に十五分を過ごし、自室を出て食堂へと向かった。

 逸る気持ちを抑えつつ、十縷は開いたばかりの食堂に入る。十縷は昨日も早く食堂に来たが、伊勢和都はそれより早かった。今日はどうかと十縷は胸を躍らせる。食堂に足を踏み入れた十縷が、辺りを見渡すと……。

(居た! よし、アタックだ!!)

 黒いタンクトップを着た逞しい体の男性が、カウンターに食券を出していた。確実に伊勢和都だ。
    期待通りの展開に十縷は興奮し、彼に駆け寄る。

「おはようございます、伊勢先輩! 昨日はいろいろと、お世話になりました!」

 カウンターに到達するや、十縷は威勢よく和都に声を掛けた。

 さて、興奮気味の十縷に対して、和都の方は昨日と同じく冷めている。十縷がドタドタと走って来ても反応せず、声を掛けられてようやく振り向いた。そして、仏頂面なのも昨日と同じだ。

「お前か。おはような。声が大き過ぎる。それから、人が居ないからって走るな」

 仏頂面のまま、和都は十縷の行動を諫めた。自ずと十縷は小さくなり、「すいません」とか細く答えた。しかし、やはり今日は昨日とは違った。

「昨日は大変だったな。入社初日だってのに、あんな訳わかんねえ展開になって」

 なんと、和都から話を振ってきた。しかも、このまま話し込むような雰囲気も漂わせている。十縷は嬉しくなり、思わず目を輝かせた。

(昨日はぶっきらぼうだったのに、今日は話してくれるの!?)

 そんな十縷の期待通り、和都は朝食のトレイを受け取ると十縷を誘導して自分の隣に座らせて、本当に会話しながらの食事の体勢に持ち込んだ。昨日とはまるで別人のこの対応に十縷は驚いたが、一先ず喜んだ。

「ところで朝食が早いのって、朝から筋トレとかされてるからですか? だから、伊勢さんはマッチョなんですか?」

 まず十縷は、順当なところから会話を切り出した。問われた和都は「ああ」と簡素に返した後、長々と話し始めた。

「こうでもしなきゃ、足手纏いになるからな。昨日見た通り、皆強ぇだろ。他の人より鍛錬しなきゃ、本当に差が広がる……」

 今日の和都は本当に昨日と違って随分と饒舌だ。そして、意外にもネガティブだった。だから思わず十縷は首を傾げた。

「伊勢さんも、十分強いじゃないですか。ウラームでしたっけ? ズバッと一刀両断にして。四人の中で、一番パワフルでしたよ!」

 和都を囃すような十縷の言葉は出任せではなく、昨日のイエローの戦いを見て受けた十縷の感想で、嘘は一切無かった。しかし、和都は首を横に振る。

「そう見えるのは、相手がウラームだからだ。ウラームなんてジュエルメンのザコジャーと同じで、一発で倒せて当然だ。問題は、【ゾウオ】とどれだけやり合えるかだ」

 真剣な顔つきになって、和都は言った。少し厳しい内容になりつつあったが、和都は親切に説明してくれた。

 まず【ウラーム】とは、【ダークネストーン】という、イマージュエル的な石の力が形を得たもので、生物とは異なる存在だと。そして【ゾウオ】とはウラームが強化されたものなのだが、人語を解する点、個体ごとに外観や能力が大きく異なる点、そして何より戦闘力が高いという点で、ゾウオはウラームとは決定的に異なっていると。

「ゾウオとはまだ二度しか戦ったことがないが、二回とも厳しかった。ウラームなら一発で倒せるけど、ゾウオは四人がかりで何とか勝てるってくらいだ。今より強くならないと、とても対抗できないんだ」

 神妙な顔つきで、和都は重い話をした。強力な敵がいると聞き、十縷の不安は増大した。

(四対一で何とかって、どんだけ強いのよ……。僕、本当に大丈夫?)

 その強力な敵に対して、自分が一人加わったところで何処まで貢献できるのか? その強力な敵に、自分は容易に倒されるのでは? そんな風に思えて仕方が無かった。その不安は顔に表れたのだろうか?
 それを覚ってか、和都は話題を変えた。

「今、ホウセキブレス着けてねえよな? いつニクシムが出ても良いように、必ず着けとけ。手に着けた後、腕時計の形を想像したら腕時計になるから」

 かなり実用的な話だった。急な話題転換に狼狽えつつも、有用な情報に十縷は軽く礼を述べた。
 そして和都は、こんな言葉も付け加えた。

「だけど特殊部隊よりも、まずは本業の方をしっかり頑張れ。そっちの勉強も大変だからよ。今日はニクシムなんか出ないと良いな」

 それは十縷を励ますような言葉だった。和都のこの言葉は、自然と十縷を笑顔にさせた。

(えっ? この人、凄い良い人じゃん! 昨日の不愛想は何だったの?)

 十縷は健やかに「はい!」と和都に返した。
 その時、和都は朝食を食べ終わって合掌していた。対する十縷は、まだ六割ほど食べたところだ。
    差が目に見えて十縷は少し焦ったが、和都はその反応に余り頓着せず、トレイを返却するべく席を立った。朝食の会合(?)は、これでお開きとなった。

(待ってはくれない感じか。どちらかと言うと、マイペースな人なのかな?)

 一連の会話を経て、十縷は和都の人柄をこのように分析した。


 食後、十縷は自室に戻り、和都に言われた通り、ホウセキブレスを装着した状態で腕時計を思い浮かべてみた。するとホウセキブレスは陽炎のように形が揺らぎ、十縷が想像した腕時計の形になった。

 十縷は思わず高揚し、一人の部屋で思わず絶叫してしまった。


次回へ続く!

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