心細さに足がすくみ 頬を撫でる空気が臆病を嗤う 風が嘲笑って背中を押している 出発の汽笛が聞こえる 立ちすくむ 遠く遠く はるかな地で 花が咲き 一斉に揺れている 木々が揺れ 思い思いに奏でている 誘われるように一歩踏み出す 強く風が吹く 振り返った場所はすでにはるか遠く 安寧、思い出、感謝の全てをここに置いて かつて呪いになったこの思いが いつか花束となって、あなたを祝福しますように 歩き出す足取りは踊るように軽い
ひらひら くるくる 生暖かい風の流れるままに くるくる回る風鈴飾り いつか100均で買った薄いセロハンが いびつな形で張り付いている ひらひら くるくる 太陽の光を反射して 蒸し暑い部屋に星を散らす その星は時折わたしの目を貫いて 目を覚ませと笑っている やめてよ、と 目蓋を閉じてはみても| 星は瞼の裏でいつまでも踊り続けている
図書室の窓から見るグラウンドは、酷く眩しい。 オレンジ色に染まった夕陽は、私に罰を与える炎のように、図書館の窓から差し込んでいる。 グラウンドから聞こえる運動部の声は、何もしていない私を責めている。 図書室には誰もいない。 開けていた窓を閉めると、運動部の声が遠くなり、本が音を吸い込んだようにしんとする。 ゆっくり歩くと自分の足音がやけに大きく聞こえる。 早足で歩くときより、世界にみつかりたくなくてそっと歩くときほど、自分の存在を強く感じる。 世界はいつもうまくいかない。
雨上がり 水たまりに跳ねた水滴は 冬の匂いを反射して光る 止まれない今に置いて行かれないように 全速力で駆け抜ける はねる息 灼けるような喉 それよりも早く打つ鼓動に 背中を押され 走る走る どこへ行ってもいい どこにも行けなくてもいい 走れ走れと 灼けるような青春が強く叫んでいる
池の淵に立ち月を見下ろす 澄んだ水が鏡となって 風が草木を揺らし さらさらと音を立てて 静寂だけを置いてゆく 真っ暗な闇の中を泳ぐように 月が揺らいだ
夏の湿気と興奮を帯びた空気 遠くでたくさんの人がざわめく気配 シロップが混ざり、どろどろに溶けたかき氷 先が開いたストローでただただかき回す 中を覗き込み、きたない色、と君が笑う ね、と笑いひとさじ掬う ひとさじを口に運ぶと 暑さにだれた、 夏の夜の味がした
きらきらと零れ落ちる砂の粒 まっくら闇のじゅうたんに散らばっている それを一粒一粒拾い上げて またくりかえし零れ落ちる様子を見る 一歩を進めば 足がすくみ 一歩を退がれば 膝が崩れる 進むことも退がることもできず まっくら闇のじゅうたんに立っている きらきらと零れ落ちる砂の粒 まっくら闇のじゅうたんに散らばって くりかえし零れ落ちる様子をずっと見ている
ある朝、起きてみたら、世界の色が変わっていた。 ああ、もちろん文字通りの意味ではない。 空の色は昨日見た水色とそっくりだし、ベランダに置きっぱなしのじょうろは昨日と寸分違わない黄色だ。 それでも世界の色は変わっていて、ああもう昨日までと同じようには暮らせない、とロールパンを齧りながら思っていた。 いつもの通りの朝のテレビを見て、いつもの時間に家を出て、いつもの満員の電車に乗り、人の波に乗る。電車の揺れに合わせ、人々が揺れる。いつも降りる駅を通過すると、多くの人が降車する。席