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如月のクリエーター思考1日目

今日の思考

なんだろう。クリエーターが普通の人とは違うとは言わないけれど…
ココでは、あえて何かを生み出して人に提供している人をクリエーターと呼んで、そのクリエーターの作ったモノをお金を出して買う人の事を一般の人と呼ぶけれども…。
少なくとも、生みの苦しみや、売れる物と作りたい物の差に葛藤したり、
これは売れそうだって思う事に穢れを感じたり、「お金なんていらない、好きな事をやりたいんだ」っていう人を何となくカッコいいと思う気がしたり、お客さんの一言にすごく喜んだり、凄く落ち込んだりするって事はなかなか一般的には味わう事はないかもしれないと思う。

クリエーターと一口に言えど…

いろんな環境の中で自分の考えをクリエイトしている人たちがたくさんいるので、本当にクリエーター同士でも「あぁ…分かり合えない」と思う事が多い。
例えば、育児をしながら作る人、家族に反対されながらも作る人、本職の仕事が忙しいけど作る人、クリエイターが本職になっている人、まだまだ沢山、クリエーターにも背景はあって、その背景を羨ましいと言う人ばかりだ。「家族に認められてるからいいなぁ」とか「でも、職場の人達は分かってくれるじゃん?」とか…当然、個人個人の意見がある。
子供の数や何年生だ…とか、受験だ…など、子供がいるだけでも個々での状況が違ってきて、悩みが違う。
その上、目指す先が違うので本当に一人ぼっちで頑張っているような気がする。お店を出したい人、世界に作品を届けたいと思っている人、クリエーターとして食べていけるだけ稼ぐのが目標の人、地元のイベントで馴染みの仲間とワチャワチャしていたい人。先生(師匠)と呼ばれるほどの匠になりたい人、お小遣いを稼ぎたい人…。まだよく分からない人。
それぞれ、自分で決めた微かに見える遠くのゴールに向かって、走ったり、歩いたり、人の手を借りて二倍の速さで進める人…。当然、クリエーターと一口に言えど、全員と話が合う人なんて絶対に居ないのだ。

結果

当然、傷の痛みを同じだけ理解し、心配の声をかけながら相手の傷を縫える人などいないのだ。クリエーターにとどまらず、一般的にもこれは言える。人は傷つくと思っていってなかったりする事に打撃を受けてしまい、落ち込んだりするが、慰めて貰えることはしてもらえても、その傷を縫ってもらう事は出来ないと思う。それがクリエイトの道と無縁の人ならなおさらだ。
クリエーターにとどまらず、人と違う道(人生)を行く人…アイドル、俳優などなど…、人に傷つけられたとしても周りは傷ついた意味が解らない時がある。自分で傷を縫う覚悟とは、自分のやっている事を信じ続ける気持ちとか、今までの自分の行動や経験に自信を持つ事、人に評価を求めない(他人軸で生きない)こと、自分自身の成長を見る力を持つ事…そういうモノが必要になってくる。


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