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「ニ」ッポンのあそこで

かつて日本を壊滅的に破壊した大怪獣が太平洋のど真ん中で死に絶え腐敗して体内にガスが溜まって大爆発して久しい。大怪獣は地球の人口を半分にした。ここ日本では約一億人がなくなったと言われているがあの災害が起こってから十年経った今でも復興とは程遠い荒れ果てた島国のままだから正確な死者数なんて誰がわかる?あの時東京へ行くサヤカを駅で見送らなければ離ればなれになることはなかったと思うとあの時の自分を恨み殺したくなるけれど恨み殺したところで結局一番大事なのは自分自身なのだからそもそもサヤカを思う気持ちは自分が生きてこそ存在するわけで恨み殺すなんてことはもう二度と考えないとあの大怪獣が眠る海に誓った。だからサヤカが今どこにいるかは分からない。あの日以降何度も何度も東京(だったところ)へ行きあてもなく行ったりきたりして荒廃した大地に蔓延る特殊感染症の網の目をくぐり抜け会う人会う人にサヤカのことをたずねサヤカを探しているけれど結局今日も見つからずテントに帰った。

 シンタロウが荒野の寝床としているテントへ帰ると、一人の小汚い格好をした浮浪者のような老人がシンタロウの少ない荷物を漁っているのが見えた。

「すみません。誰ですか?」

「ああ、公安警察のものです。この辺でちょっと事件があってね、少し調べさせてもらいましたよ。特段変なものはなかったので帰らせてもらいます。」

 シンタロウは哀れに思った。老人がこうなったのも、あの災害のせいだと感じたからだ。

「おじさん腹が減ってるんでしょ。これから夕飯作るとこだから、よかったら食べて行かない?」

「いえいえ、お気になさらず。全然お腹は空いていないんで。それに私は公安警察のものですから、署に帰ればいくらでも…」

 その時、老人の腹から『くるるる』と音が鳴り、シンタロウは思わず吹き出してしまった。

「やっぱりおじさんお腹空いてるじゃん。今メシ作るから待ってて」

 流石に老人も食欲を隠すことができず、恥ずかしそうに微笑を浮かべながらシンタロウの誘いに応じた。
 シンタロウはトマトと豆のスープを作り、それにパンを添えて二人は食べた。
 二人は焚き火の前に並んで座った。コーヒーを一口飲んだ後、シンタロウは話し出した。

「じいさん、家族はいるの?」

「いるよ。けれど、あのバケモノがこの国を滅茶苦茶にしてから一回も会っとらんよ」

火に焚べた枝が小さく弾けた。

「ああ、やっぱりじいさんもか。俺もあの怪獣のせいで愛する人と別れてしまって。それで今もこうして原型をとどめていない東京だった荒れ果てた場所を、何度も何度も隅々まで行ったり来たり、一人で彼女を探し回っている。」

二人はコーヒーを啜る。 
コーヒーを飲み干した時、二人はもう気付いていた。愛する人についての失くしてしまった思い出について、あまり多くを語ってはいけないと。
老人はシンタロウに微笑み、そして帰っていった。
シンタロウは老人が暗がりに溶け込んで見えなくなるまで、その背中を見つめていた。

自分は自分の思考しか分からないわけで生まれてから死ぬまで他人の頭の中なんて覗けない作りになっているから他人のことを理解しろ他人を尊重しろなんて言われても言い切って仕舞えばそんなの無理なわけで。でも俺とあのじいさんは共通点を持っていてお互い尊敬するところがたくさんあってそして多くを語りすぎないことでお互いがお互いを守ることに落ち着いた。でもそれは何かを知るということは罪を背負うということと同義で誰かに何かを教えるということは相手との共犯関係を築くということになりそれが意識的にしろ無意識的にしろその事実は覆らない。じいさんと俺はあの時一瞬でそれを了解しそして何も語らずに別れた。あれ以上話していれば心のどこかで俺の方が俺の方がと自分の悲劇を誇張してその悲哀の酒によってしまっていたかもしれないからあれ以上語り合ってしまってさらにたくさんの情報を記憶することが無くてよかった。しかし一度出会ってしまったじいさんのことは忘れようにも忘れることができないそれはただただ記憶力の衰えるまで自然と年を重ねていくしかないのだ。知ってしまったじいさんそしてその家族そして俺そしてサヤカ。全ての人間が救われるには全ての人間に当たり前の当たり前であったことが修復されることしかない。そして私は願っている。全ての離れ離れの人間がまた出会えるように。ニッポンのあそこで。

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