見出し画像

汽水域 


古きフェンスに絡みつきたる野茨のやはらかき棘もう固き棘
色のなき世界に雨が降りはじむ止みてそののちまた降りつづく
あなたより離れしかの日のひとことがいまもわたしのなかに息づく
けふもまた人の数だけものがたりはじまりてゆく朝の地下鉄
あとに来し快速に追ひ抜かされてりつしんべんのこころが揺れる
手に手に手になべてスマホを操りて小さき画面にみな何を見る
思想・嗜好・購入履歴・行動範囲刻まれてゐるきのふのわたし
SNSの海に時間が溶けてゆく主観をいつたん置いて、ここから
聴くはなす編むよむ紡ぐととのへるわれもことばのひとなればこそ
はじまりはほんのちひさなことだつたあつといふ間にひろがる戦火 
てぶくろの内に次次入りゆく絵本のなかで知るウクライナ
情報はトリミングされ虚も実も滴り落ちるドリップとなる
軽軽しく「戦友」などと言ふなかれ たしなめらるる夏の歌会に
ほんたうの戦争を知るひとたちがぢつと見つめる画面の向かう
戦況はがらつと変はる 万華鏡覗くこころは祈りにも似て
声なきこゑは聞こえてゐるか正義とは正義だらうかお天道さま
違和感を違和感として咀嚼するそのざらざらの肥大するまへに 
錆びし蛇口を捻ればいつきにとめどなく溢れ出でくる感情のみづ
口あたりよき軟水を一気飲みこれが毒なら致死量である
裏おもてひつくりかへることもあり対となりたる被害と加害
修復をこころみてゐる折り癖のつきし折り紙なんどもひらき
くづさうとすればゆつくり揺り戻し護られてゐるホメオスタシス
いびつなるマルとマルとが重なりてこれがまるだと錯覚したり
正論が追ひつめてゆく小さき王国その1ミリの誤差を赦せず
目のまへの林檎を林檎とただに見る 客観的にきやくくあんてきに
地下鉄は終点に着く 世界には色が戻りて仰ぐあをぞら
toi toi toi いいことのあるおまじなひさうねそろそろさくらのたより
我が身より離れしかの日のひとことがいまも誰かのなかに息づく
過去のわれ/未来のわれの汽水域その移行期に目を逸らさずに
Blowin’ in the Wind 風をきき風をはらみてふたたび歩く

#短歌 #連作 #汽水域

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?