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怒ると叱る_240111_#187

▼今日は朝TVでレモネードスタンドの紹介をされていました。
気になったので調べていたのですが、すると下記の言葉も出てきました。


“ If the life gives you lemon, make lemonade ”

人生がレモンを与えるなら、レモネードを作れば良い。

試練(すっぱいレモン)があっても、良い方向にして行けば良い。
(甘くて美味しいレモネードにする)

英語にあることわざです。

好きですね、とにかく解釈力を上げ、良いように捉える。

一方で試練もないと成長もないのではないかとも思います。

▼皆さんは怒られたことと褒められたこと、どちらをたくさん覚えておられるでしょうか?

私はとにかく怒られたことの方が記憶に残っています。
(褒められたことも0ではないはずなのに、一向に
 思い出せません)


例えば今思い出せることは、

小学校の時に大きな花瓶を洗っていて、取り回し中にコンクリの洗面にでっぱり部を当て、割ってしまったこと。
(わざとじゃないのに、理不尽だと思いました、
 笑)

教室の引き戸のガラスをクラスメイトが割ってしまった時、周囲にも人がいたので、報告せずに帰ってしまったことを、なぜか怒られたり。

会社に入ってまもない頃不具合が発生してしまった時、要領書を転記して作成しただけなのに、不充分だと槍玉にあげられ、朝礼の中で怒られたり。


現場からの電話が携帯に入り鳴っているのに取らず、後で電話しようとそのまま打ち合わせを続けていたら、後方から上司に『なんで、すぐ取らへんねん』と怒られたり。 (そら、云われて当然です。)

他部署に移られた元上司に、対応が遅いと何度も責められ、フォローし続けられたびたび怒られたり。


その時は嫌な感情になり、『なんで私が』みたいな他責思考だったと思うのですが、今考えると全て怒られる側(私自身)に原因があり、未熟な思考を指摘してもらえていたんだと思います。


当たり前ですが、年齢を重ねていくと指摘してくれる人がいなくなってしまい、
また年下の人がたとえ『こいつ行けてないなぁ』と思っていても、無理して指摘してもらえることは無いと思います。 
(裸の王様になる可能性が出てきます)

なので、過去その時にそのタイミングで叱られたことをありがたいと思います。

過去に怒られた事例を並べましたが、私の場合は全て
『叱られた』
という表現の方が正しいようです。


『怒るのは自分の感情で、叱るのは相手のために
 伝えること』とあります。


どうでも良いと思っている相手だと、
叱ってはくれませんよね。


〈今日の気づき〉
・怒られて嫌な感情になった時、叱られていると
 捉えれないだろうか。
 
 怒るのは自分の感情で、叱るのは相手のために
 伝えること。

 
 最後までお読みいただき、
 ありがとうございます。

 明日もみなさんにとって
 大切な1日となりますように!!


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