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眠れない夜はあの扉を開ける 2

目の前にある黒いボルサリーノを手に取った私は訳の分からないままに帽子を椅子の背のフックに掛けた。

その瞬間、店内が一瞬暗くなった。
「停電?」
周りを見渡すと斜め向かいの席の上の灯りは点いていた。
「ん?」
そう思った瞬間、私のテーブルの上の灯りも点いた。
『ようこそ』

「え?、、どち、、ら様?え?
なんで私の席に??」
『眠れない夜にようこそ』
ほんの少しだけ初老の男だった。
男はボルサリーノを被っていた。

『驚かなくていいんだよ
君が私に命を吹き込んでくれた。
僕はブラックのコーヒーが好きなんだ。
君は?』

「あ、、えっと、、私はカフェオレ、、かな」
『そのQRコードで注文するんだよ』
男は低い優しい声でそう言った。

「あの、質問していいですか?
どうしてこの席に?
他には空いていませんでした?」

『一期一会って言葉知ってるよね?
そんな感じかな』

「いや、それ、答えになって無いですけど」
話の噛み合わないまま、私はブラックコーヒーとカフェオレを注文した。

ピーと言う電子音と共に小さな配膳型のロボットがテーブル横で止まる。

あー流行りのこれね。
ロボットからトレーを持ち上げ二つのコーヒーを私はテーブルに置いた。

ま、いいや。
「どうぞ」と私はその男の前にブラックコーヒーを置いた。 

「あの、私は暇な人じゃ無いですから。
これ飲んだら直ぐに帰りますから。
別に人恋しくてお店に入ったんじゃ無いですし、それに見ず知らずの男性と話す気も、無いんです。
満席っぽいのですよね?
それだけの事なんで。」

私は少しの腹立たしさを抑える様に一口カフェオレを口に含んだ。
「あー美味しい。あったまるー。」
ハー
思わずため息が漏れてしまった。

『クスッ こんな真夜中にまた、車を走らせて。
危ないよ。』

「笑わないで下さい。私、疲れているんです。
それなのに、眠れないんです!
それと、、、真夜中に運転なんて、、初めてです!
遊び歩いてないですから。」

『仕事は大変?忙しいの?』

「あなたには関係の無い事です」
男は私の目をジッと見た。
その眼は少し色素が薄く茶色ががっていて、彫りの深い奥二重。
よく見ると端正な顔立ちをしていた。
不思議と生身の人間では無いよう気もしたが
何故か、どこか故郷の父を思わせる様な雰囲気も合わせ持っていた。
「あの、お国はどちら、、ですか?
眼の色がなんとなく、、」
『内緒』
そう言って
イタズラな笑いを浮かべた。
私は再びカフェオレを口に運ぶ。
カフェオレを飲んでるとほんのりと身体が温まって来るのが分かって、得体の知れない見ず知らずの人、そして仕事の疲れとその両方の変な苛立ちがスーっと溶けて行く様なそんな感覚になった。

一期一会ね、、、。まっいいや。
黙って三口目を飲んだ時、店内のBGMが変わった。
「あ!あーーーこの曲凄く好き!
わぁーなんか落ち着く。
わぁ〜なんか思い出すなぁー」

「ジョージ・ウィンストンのLonging Love!!」
『ジョージ・ウィンストン!』
なんとボルサリーノの男と私は同時に発した。
クスッ
クスッ
「なんか昔の恋愛ドラマの再現ですか?真似ですか?」
私はおかしくなってつい、自分から話しかけてしまっていた。

『私もね、ピアノ弾くんですよ』
「え?そうなんですか?まさか、ピアニスト?」
『内緒』
「随分と内緒が多いんですね。
私はギターを弾きます。趣味程度なんですが、幼い頃はピアノも習ってました。
習ってたって言うより、習わされてたって感じで。
興味が無かったからサボってばかりでね。
全然練習しない私に初めて父親から雷を喰らいましたよ〜」

、、、こんな昔の事、、
それに、私は自分の事を人に話した事ないのに、、

男は優しい瞳でウンウン頷いて黙って私の話を聞いてくれた。


気付くと、カフェオレが殆ど冷め切っていた。
喋り過ぎてその緩くなったカップの中身を私は一気に飲み干した。
「なんだか、喋り過ぎて。
なんでだろ。分かんないけど、、」
言葉が急に出てこなくなった。

『いつも、頑張って来たんだね』

そう言って私の頭をそっと撫でてくれた。

ピピピ….なんか電子音がする
「ジカンガ キマシタ エンチョウサレマスカ」
テーブル横にも貼ってあるQRコードの下の方から何やから音声ガイドのマークがあり、どうやらそこから流れている様だった。

「これはどう言う仕組みなん、、です、、
え?」

私が正面を向くとその男はもう居なかった。



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