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〔48〕白頭狸の時務随想 東京スカイツリーとHAARP 重要修正版必読

〔48〕白頭狸の時務随想 東京スカイツリーとHAARP
 当局が発表する地震報道に長周期地震動が加えられたのはごく最近ですが、昨日初めての長周期地震動が発表されました。
 長周期地震動とは周期が長い(つまり波長が短い)低周波領域で発生する地震のことで低周波地震とも呼ばれます。低周波地震の存在は地震計の発達により発見されたとされていますが、白頭狸はその発生原因について、平成二十三(2011)年の東日本大震災以来、HAARP 説を唱えております。
 その内容は中森護さんが運営する戦略思想研究所の落合莞爾塾で述べてきましたからここでは割愛しますが、HAARP地震のことは最先端の建築家の間ではすでに周知で、超高度ビルの設計に当ってはこれを織り込まないわけにはいきません。
 HAARP地震に対応できる建築設計の最高峰というか目下唯一の建築家が二級建築士安藤忠雄さんである、と狸は聞いております。

 HAARP地震対応設計がわが国で最初に取り入れられたのは東京都墨田区に建てられた観光施設を兼ねる電波塔の「東京スカイツリー」で、平成二十四(2012)年二月二十九日に完成、五月二十二日に開業いたしました。
 東日本大震災の影響は震源地から700キロ以上も離れた大阪にも及びました。大阪湾に面した大阪府庁咲洲庁舎が方幅1・3mも大揺れして、エレヴェーターが緊急停止をしたほどです。地面の震度は3ほどだったのに、庁舎の上層は震度6もの揺れになったのは言うまでもなく、HAARP地震対応の設計でなかったからで、その後、この庁舎には制振装置が取り付けられたようです。
 東京スカイツリー完成の約一年前に東日本大震災が発生しましたが、時に「東京スカイツリー」はエレヴェーターの工事中とかで、作業員が高度作業をしていたのですが、後日白頭狸が直接電話して「エレベーターは止めたのか?」と尋ねたところ、「念のために止めたが、その必要はなかった」とのことでした。

 東日本大震災から九年経った平成三十(2018)年六月十八日に発生した大阪府北部地震では最大震度6弱を観測しましたが、二十三年前に同地で発生した阪神淡路大震災(最大震度7)に比べて被害が遥かに少なかったのは、耐震補強が進んだからではなく、震度の観測法が変わったからです。
 このことを専門用語で「大阪府北部地震は極短周期の0.5秒以下の地震動成分が卓越していたから」と言い、「地動最大加速度を基に算出する現在の計測震度では極短周期成分が卓越する地震で高震度が出やすいため」と説明されています。
 通常地震の10~20ヘルツに対し低周波(長周期)地震は1~2ヘルツで、規模に比して震動がゆっくりしているとされます。周期の逆数が振動数ですから「極短周期の0・5秒」とは2ヘルツのことですが、大阪府北部地震が阪神淡路大震災に比べて低周波地震であったことが明白ですから、狸の見解ではHAARP地震ということになります。
 東京スカイツリーの計画は平成十二(2000)年頃から始まり、平成十五年にNHKと在京民間テレビ五社が六百メートル級の電波塔を求めてプロジェクトを発足し、平成十七(2005)年には決定した建設予定地の高度制限を当局が解除し、平成二十(2008)年に着工されました。監修者は、建築に関しては二級建築士安藤忠雄で、デザインは文化勲章受章者澄川喜一が当たりました。
 実を謂えば、この計画は根本的に日米関係に関わっているのです。昭和五十二(1952)年四月二十八日に発効したサンフランシスコ講和条約の秘密協定で日本の空域および電波域は爾後六十年間、米軍の支配するところと定められ、その期間が平成二十四(2012)年四月二十八日に満了するからです。
 東京スカイツリーの計画が平成十二年に始まり、建設予定地の決定と同地の建築高度制限解除を経て平成二十年に着工したのは、平成二十四(2012)年四月末の開業を目標にしていたからです。
 東京スカイツリーは平成二十四(2012)年二月二十九日に完成、五月二日に観光施設として開業したのは、右の期間満了を待っていたものと推察されます。


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