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「シュレイルの心臓を撃ち抜く者よ。」第3話

前話


日本から遠く離れた地。
一人の少女が騎士団の宿舎の前に立ち、熱い視線を中央の青年に向けている。
「あのエイル騎士団長ですか」
「ああ。いかにも」
ブロンドの髪をかきあげ、笑顔を浮かべながら少女の前に手を出した。
「あ、ありがとうございます」
笑顔で握手し、エイルはその場を後にした。
「相変わらず人気者なことで…」
歩き出したエイルの横に、黒髪の身長の高い男が共にする。その背後には、また4名の兵士たちが連れ立っていた。
「ルーロック。歩きながら聞いてくれ」
笑顔を崩さぬままエイルはルーロックに話し続ける。
「シュレイルの心臓が生まれ落ちた」
「な!」
ルーロックは思わず、立ち止まるが慌ててエイルの横に立つ。
「いつ、どこでだ?」
「つい先週のことらしい。マザーの話だから間違いないが、場所は特定できていない」
エイルは大型のテントの中に入ると、中央に位置する椅子に座る。
「………それで?」
「いくらかハンターを送ったが、目ぼしい情報はない……、ただ」
エイルはそのまま、ルーロックを見据えて話す。
「日本からの報告が途絶えた」
「シュレイルか?」
「わからない」
エイルはペンを持つと、机から紙を取り出し書き始める。
「これから推薦状を書く。ルーロック、兵士を見繕い日本に送ってくれ」
「俺の人選でいいか」
「もちろんだ…それに」
その時、背後にいた兵士が声を出す。
「お言葉ですがエイル騎士団長、ルーロック副団長!日本への派遣、この私めに…」
「そうか、なら先ほどの女の首をもってこい」
「…は?」
エイルは笑顔を崩さぬまま、兵士にそう言い放つ。
「先ほど、私と握手を交わした女だ。その首を持ってくれば、お前に行かせてやる」
「は、でも…」
「おい、エイル…」
ルーロックはエイルが本気であることに気が付く。
「シュレイルの心臓を手にしながら、いまだにその報告が上がらないのは、よほど弱い人間にその力が渡ったもと推測する」
「は、はい」
兵士はすっかりと興醒めた様子だ。
「ならば赤子……あるいは、か弱き少女の手に渡ったと考えるのが自然だ」
「だから、片っ端から殺せばいいというのか?」
ルーロックの視線を受けながらもエイルはそれを無視して続ける。
「それぐらい気概のあるやつを見繕えと言っている、ルーロック」
「……はぁ」
ルーロックは背後で固まる兵士の肩を叩き、連れ立ってテントを後にした。

「お邪魔します…」
三野里 香澄は岸 与花の実家に来ていた。家は街から離れた場所に位置し、日本建築の豪邸である。
「おう!与花の野郎、彼女を連れてきたぞ!」
大柄の人の良さそうな男が二人を出迎えた。
「彼女じゃないよ、父さん」
与花は呆れた顔を浮かべながら、香澄を家の中へと案内する。
「僕の家系は由緒正しき陰陽師だけど、戦闘においては全く力がなくてね。弱小一家さ」
与花は奥へと進んでいく。
「でも、こうして長きに渡り受け継がれたのは戦う力とは別のものがあってね…」
与花が襖を開くと、そこには尻尾の生えた着物姿の女が座っている。
「……あらぁ、与花ちゃん」
「紹介するよ、千里眼の狐『百狐』だ」
「あらぁ。面白い子じゃない」
百孤はニヤリと笑う。
「はじめまして『王鬼の恋煩い』ちゃん」

(岸 与花家の座敷にて)
「『王鬼の恋煩い』…?」
「王鬼とは、シュレイル様の別名だ。日本ではかねてからそう呼称されている」
ハールが香澄の方で、そう呟く。
「しかし女狐。恋煩いなどとふざけた名を付けるな。シュレイル様を愚弄する気か」
「まさかぁ。王鬼を弄ぶなど畏れ多いこと。アーシが言っているのは、その子よ。眷属ちゃん」
百鬼は畳に座ったまま、ずいっと近づく。ハールは納得しなようであったが、それ以上は言及しなかった。
「ねぇ、恋煩いちゃん。こちらに来て。未来を見てあげる」
「未来?」
香澄の問いに、与花が答える。
「そう。百孤は千里眼で『進むべき未来』を予測する力を持つんだ」
「ふふ、でも、触れないとアーシには見えないのよ。ね、だからコチラにおいで」
かすみが戸惑っていると、与花は助言する。
「未来と言っても可能性ってだけで、確定じゃないから安心していいよ。それに真理は僕の未来からじゃ見えなかった。おそらく香澄じゃないと辿り着けない未来だ」
香澄は覚悟を決め、百孤に近づく。
「どうすれば真理を見つけ出せるか教えてほしい……」
百孤は香澄の胸に手を当てる。驚く香澄であったが、仕方なくそのまま百孤にされるがままにする。
「あらぁ、すごいわ。本当に王鬼の心臓よ……こんなの初めてだわ」
百孤は嬉しそうに顔を上気させる。
「恋煩いちゃん…あなたの名前を教えて…」
「三野里 香澄です」

その時、爆発音と共に百孤と香澄の間で激しい光が放たれる。

思わず後ろに飛び退く百孤と香澄であった。百孤の手には火傷のような痕が残る。
「…激しい仕打ちだこと」
百孤は気にする様子もなく、笑っている。目を丸くする香澄は何が起きたかわかっていない。
「大丈夫か、二人とも!」
そばによる与花を、制止し百孤は立ち上がる。
「王鬼が拒んだのよ。誰かの手に収まるのが嫌いな男だからねぇ」
百孤はそう言って、両手を合わせる。火傷の痕は消えていった。
「でも、この一瞬でわかったことがある…真理に近づく方法はないわ」
「そんな…」
「がっかりしないで恋煩いちゃん。真理を追い求める方法はないけど、あなたにとってのゴールは真理じゃない」
「……?」
誰しもが疑問に思う中、百孤は続ける。
「真理に王鬼が囚われているのであれば、王鬼をゴールにすれば自ずと真理に近づく」
「女狐。先ほどから何を言っている…最初からそのつもりで…」
ハールが不満そうに口を挟むが百孤は動じない。
「王鬼を探すなら簡単よ……『右眼』と『左眼』を探しなさい」
「右眼と左眼……」
香澄がそう口にした時、ハールが横で怯えるように震え出す。
「そう、王鬼の右眼と左眼の眷属よ」

右眼の眷属 『蠱惑豪傑の王〈ジュフィール〉』
左眼の眷属 『魔船渡りの〈カルロ〉』

「とりあえず、この二人を捕まえなさい…恋煩いちゃん」

香澄が座敷を離れる時、百孤が呼び止める。
「そうだ、恋煩いちゃん」
「……?」
「もう一つ、ほんの少しだけど………あなたの未来に暗い影が見えたわ……」
「影?」
「うん。何かはわからないけど色々な者たちが動き出している…気をつけてね、恋煩いちゃん」

香澄が去ったあと、百孤は一人呟く。
「………さて、誰が『心臓を撃ち抜く者』になるのかしらねぇ」

日本から遠く離れた地。
「来たか、ルーロック」
ルーロックは騎士団長エイルのテントに訪れるなり、大きくため息をつく。
「ああ、苦労したよ。言うことを聞かない奴らばかりだからな」
ルーロックはそう言ってから、少し笑ってエイルを見る。
「まぁ、『魔獣兵団』の人外共だ。少女の首一つでは、収まらんかもな…」
「そうか。ご苦労」
つれない態度にルーロックは肩透かしを食らったようだった。そのままテントの外に出る。
「……エイル騎士団長の許可を得た。殺してこい」
その瞬間、幾つもの影が空を飛び立っていく。

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