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【創作百物語】 一月十日のシェヘラザード 第二夜目『棺桶』



『棺桶』 (くだんを喚ぶまで残り九十八夜) 


「……目が覚めたか。横を見るな、首がもげるぞ。

 お前は、事態を飲みこめずにいるだろう……体はろくに動かず、視界は暗く閉ざされたまま、体が揺れる感覚と、俺の声だけが聞こえている………反応がないところを見ると、口も開けないんじゃあないか…なぁ、………だが安心してくれ、それは正常だ。お前の体は今………箱の中にある。ああ、安心しろ、あと少しで出してやれる。

 俺が、説明する、よく聞いてくれ。つい、昨日のことだ。俺のもとに、一報があった。古い友人からだ。なんでも『●●が生き返った』という、話だった。俺はすぐさま、友人の家に向かい、●●を前にした。それは、俺が知っている●●ではなかった。そいつは、明らかに………おかしかった。ああ、うん……第一、人の形をしていない。肉体が常に沸騰し、窪んだ目の奥では、血よりも濃い液体が渦を巻いている。両目ともだ。それに手足が、六本ずつあった。鼻に至っては……。

 おう。お前、声が出せるようになってきたか。まだ、言葉は………話せそうにないな。仕方ない。大丈夫だ、安心しろ。

 ……話を戻すぞ。俺は友人にこう言った。『こいつは、本当に●●なのか?』と。すると友人は『ああ、そうだ……今はまだ、この状態だが…もうすぐ人になる』と言い出した。
 信じられるか?この友人は、呪術で人を蘇らせたんだ。しかも、愛する妻をだぞ。あの友人は、あの姿の妻を見ても嫌悪を抱かなかった。むしろ、情さえもって接そうとしていたんだ。俺は感銘を受けた。だからか、思わず言ってしまった………。
『俺に何かできることはないか』と。

 おっと、あまり動かないでくれ…落としてしまう。だんだん、体が動くようになってきたこともあるんだろう……もう少しだ。

 また、話が途切れてしまったな。ああ、友人に尋ねたところだったな……そこで友人は俺に言ったんだ。『お前を呼んだのは他でもない。妻を箱に入れ、北の港まで運んでほしい』という。友人は国外に逃げるようだった。どうやら、この国では、蘇らせた妻と暮らすのは難しいとのことなんだ。

 だから俺は丁寧に●●を箱にいれた。『もしかしたら途中で目覚めるかもしれない』と、友人から忠告を受けていたので、木箱に少し穴をあけて、様子がわかるようにした…

 ああ、そうだ。話が見えてきたな………記憶もどうだ、ハッキリしてきただろう……。

 だがなぁ……。
 だが……だが俺たちの間に誤算があった。それは、その様子を見られていたことだ。ドアの向こうに男がいたんだ。俺は気がつかなかった。友人は使用人だと言っていたが…どうだろうか。大声で叫ぶ使用人を怖くなって俺は殴った。使用人は血を流して倒れた。そして、動かなくなった。人を殺してしまった。友人は『こっちは私がなんとかしておく。お前は気にするな』と言ってくれた。だから俺は安心して運ぶことにした………。

 ………でも、どうだろうか。…………お前はどう思う?これから、完璧な愛を成就させようとする二人の邪魔をしてはいけないと思わないか……俺のせいで、こんなことがあってはいけない。俺は、やはり、責任を取らねばいけないと。それに幸い、使用人は死んでいなかった。だから、俺はこっそりと箱の中に……二人を入れた。二人を外に連れ出しまおうと考えたんだ……途中で目覚めたら、話してやろうと思ったんだ。

 ああ、ダメだダメだ。首を横にしようとするな。
 


彼女と目が合っちまう………」


『おやすみ』

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