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南より牧人きたる

白い山羊を曳いてその男は現れた。
早朝、女たちが野苺を摘んでいるときに草をかき分けて現れた。
男は自分を牧人だと言ったが、連れているのは白い山羊一頭だけだった。
山羊は大きく、男によく懐いていた。山羊のツノは大きく、外側に行くに連れて曲がっていた。その曲がり方は鄙の外れにある高い山によく似ていた。
まれびとの少ないこの鄙で男は物珍しがられた。
鄙の長は男に納屋を貸し与え、男はそこで山羊と暮らした。
男に近付くものは少なく、長の家の婢女が毎日少しのパンと乳を届けるだけだった。
ある夜男は長の家に訪れた。
婢女が扉を開けると、男は生まれたばかりの山羊を抱いていた。
そこで、男は牧人と認められたのである。

牧人には土地がなかったので、子山羊は納屋の近くの草むらに繋がれた。
牧人は夜になるとときどき長の家の扉をたたき、生まれたばかりの山羊を見せにきた。
牧人が生まれたばかりの山羊をどこから手に入れたのかは誰も知らなかった。
しかし牧人の山羊はよく育ち、よく乳を出したので次第と受け入れられた。
男はほとんどものを言わなかった。長の婢女がパンを渡す時に礼を言うだけだった。
奴婢を貴重がるこの鄙で男の習慣はよく馴染んだ。

牧人がきてから3回目の満月の夜のことだった。長の婢女がパンを届けに牧人のもとを訪れると、納屋に牧人はいなかった。
婢女が長を呼び、長が納屋へ向かった。
牧人は納屋の屋根に登っていた。その頭には山羊のツノが生えていた。納屋の下には山羊たちが集まり、盛んに鳴いていた。牧人は納屋の屋根から飛び降りた。
長が牧人の納屋に近づくと、山羊は散り散りに走り去り、すぐにその姿が見えなくなった。
納屋の近くを探したが、牧人の姿も見えなかった。
納屋には山羊の頭蓋が一つ残されていた。
そのツノはやはり大きく、外側に向けて曲がっていた。長はその頭蓋を持ち帰り、今でもこの鄙では山羊の乳の出が悪い時、この頭蓋に祈ることがあるという。

このような話はこの国の辺境ではよく語られる。
王都の博士たちは、この牧人は悪魔であるとしており、頭蓋に祈ることは邪教であるとして禁じている。

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