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【思考維新】カーボンニュートラルという名の「夢物語」~日本が今成すべきエネルギー政策を考える~

エネルギー政策は現実路線で

近年、脱・炭素社会「カーボンニュートラル」に向けた取組みが、政界・財界など様々な分野で行われている。日本では、菅義偉前首相が政府の方針演説で「カーボンニュートラル2050」の実現を宣言し、政府も本腰を入れて取り組みを推進しつつある。確かに、十数年ほど前から地球温暖化に対する対策が叫ばれており、その脅威が徐々に、様々な形で世界中に影響を与えていることは間違いない。ツバルの海面上昇や南極・北極の氷河が解けることによる生態系の変化、更には各地域で発生する異常気象の猛威によって、 我々人類の経済活動や、政治、生態系に深刻なダメージを与えている。
 だからといって、日本が現段階で従来のエネルギー政策を、脱・炭素社会に向けた再生可能エネルギー中心の政策へと急速に方針転換することは、安全保障の観点や、現在の国際情勢などを考慮すれば、率直に申し上げて非現実的で、ナンセンスであることは間違いない。今回は、その理由と日本が成すべきエネルギー政策について、話していこうと思う。

何故、日本での「カーボンニュートラル」早期実現はナンセンスなのか。

2020年の年間発電電力量に占める自然エネルギーの割合(出典:環境エネルギー政策研究所)

 2021年7月に環境エネルギー政策研究所が公表した2020年の年間発電電力量に占める自然エネルギーの割合に関する資料によれば、火力発電主流の日本では、年間発電量の約70%を火力発電が占めており、詳細的に分析すると、石炭が26.7%、LNG(液化天然ガス)が35.9%、そして石油が2.3%と、完全に日本のエネルギー政策が火力発電に依存しているのである。そして「カーボンニュートラル」実現のカギとして注目されている再生可能エネルギーについては、全体のうちの21.3%程度しか担えていない。ちなみに原子力発電は3.7%とあるが、これは日本全国に配置されている原子炉54基のうち、たった9基で担った発電力量であることはおさえておきたい。

 このデータから分るように、仮に現時点で日本のエネルギー政策を再生可能エネルギー中心に方針転換し、火力発電を廃止していくとなれば、確実に全国への電力供給は不可能であり、たとえ原子力発電所全ての原子炉を稼働させたとしても、国内全原子炉が担える電力発電量は30%未満であり、再生可能エネルギーと組み合しても、電力供給量は日本全国で年間使用する電力の40%前後ほどしか担えない。となれば、国民生活だけでなく、日本経済、更には国家安全保障の分野においても大きな悪影響を与えることとなる。

閣僚会議に臨む菅直人内閣総理大臣(当時)

 2011年に東日本大震災が発生した際、当時の民主党政権の菅直人内閣がその年の3月14日から一時的に関東圏の都市部に対する電力供給をストップさせ、電力供給計画の安定化を図る「計画停電」を実施したが、当時の茨城県知事や千葉県知事が計画停電実施措置の除外を政府に対して要請するなど、一部の自治体との足並みがそろわず、部分的には失敗している。つまり、現段階で日本が再生可能エネルギー中心のエネルギー政策に転換、火力発電を廃止し原子炉をフル稼働させたとしても、全国への電力供給バランスが不安定化し、政府が計画停電を全国に要請したとしても、東京都や大阪など、多くの人口を抱える地方自治体が次々と計画停電の停止を要請するだろうし、やはり人口が多い地域を中心に電力供給が優先されると考えられるので、更なる地域格差を生じさせてしまう可能性は十分にある。

 更には、現在に岸田内閣の目玉政策にひとつである「経済安全保障」においても、エネルギー政策は重要性の高いものとして位置付けられており、エネルギー供給の変化が、日本経済に及ぼす影響力というものが大きいことがよくわかる。

 確かに世界各国、特にヨーロッパなどでは、再生可能エネルギー中心のエネルギー政策へシフト転換しており、日本も、このようなエネルギー政策への転換は間違いなく急務ではあると思う。しかし、現状の電力発電割合やこれらの予測からして、現段階の日本が再生可能エネルギー中心の政策転換を即時実行するというのは非常にナンセンスであり、場合によっては日本経済の低迷や地域格差を生じさせてしまうのはもちろん、国民生活に大きな負担と不安を与えてしまう、現段階では非常にリスキーな理想論なのである。

再生可能エネルギーの功罪

 また、再生可能エネルギーに関する事業にも問題がある。特に問題視されているのが、太陽光発電と風力発電である。この2つは再生可能エネルギーの代表格であるといっても過言ではないが、この2つには設置の工程に問題がある。風力発電や太陽光発電は、自然の力を生かして節電することで知られているが、これらのシステムは、一定の発電量を確保するには、システムの仕組みがうまく活用できるように、最適な地理的条件でかつ広大な土地を確保しなければならない。風力発電であれば、海岸沿いや山地、そして太陽光発電は太陽の直射日光が当たる立地が必要となる。オーストラリアやアメリカといった海外では、広大な荒野がある地域が存在する為、容易にかつ大量にこれらの発電システムを設置することができるが、それと比べて日本は、そもそも荒野のような土地がなく、設置するには、森林伐採などのその土地従来の自然環境を取り崩さなくてはならず、いくら再生可能エネルギーといえど、自然環境を破壊せざるを得ない発電システムに矛盾を感じている。

 更には、太陽光パネルを大量に設置するメガソーラー発電事業の着工においては、森林伐採に加え、その山地の地形にさらに土地開発を加える盛土の問題もある。この盛土が原因で起きたと言われている自然災害が、去年の7月5日に起きた、静岡県熱海市の土砂災害である。静岡県選出の衆議院議員で、環境大臣も務めた細野豪志氏(自民党)は、とある取材でこう話している。

「熱海市での崩落事故の直接の原因は、盛土が問題だったのしょう。しかしそのすぐ近くにメガソーラーもあった。地盤を弱くしたことの一因として、メガソーラーの影響があったとしても、おかしくはありません。メガソーラーが存在すると、山の保水力が失われ川の水が増すからです。」

https://sakisiru.jp/5632

 というのも、メガソーラー設置に伴う森林伐採や土地開発によって、森林の地下部の土壌が大雨などの影響によってもたらされる大量の水をゆっくりと山の麓や川などに移動させることができる毛管孔隙の保水力を奪うため、一気に流れ、土壌を緩くしてしまい、土砂災害へと発展させてしまうケースがあるということだ。このことを危惧して、一部の地方の住民らが集団訴訟を起こしたり、地方自治体と真っ向から対立するなど、再生可能エネルギー事業に対するバッシングの声が高まっている。

 再生可能エネルギーの本来の目的は、CO2排出量を削減し、自然環境を守ることであるはずであるが、再生可能エネルギーのシステム開発によって、本来守られるべき自然環境が破壊され、自然災害のリスクを生み出すというのは、本末転倒ではないかと感じる。

「カーボンニュートラル」を現実にするために成すべきこととは

ウクライナ情勢に伴い、国民の間でも原発再稼働の声がたかまりつつある。

 現在、ウクライナ情勢や再生可能エネルギー技術開発の遅れなど、国際情勢や国内政治の影響によって、現在の電力発電に必要とされる資源が不足し、減らすどころか、増やさなければならない状況下に陥りつつあり、「カーボンニュートラル2050」の実現の可能性が、より不透明化している。
 では、日本での「カーボンニュートラル」実現を夢物語から現実的な話にするためにはどうすればよいのだろうか。結論としては以下の2つである。

原発再稼働&原子炉の増設

 ロシアによるウクライナ侵略が深刻化する中、エネルギー価格の高騰や、EUのロシア産石炭の輸入禁止の対露制裁を合意したのを皮切りに、日本政府も制裁強化を一環として、ロシアからの石炭輸入を段階的に減らし、最終的には禁止を原則とする方針を固めた。これにより、今後日本政府が何らかの大型経済対策を講じなければ、エネルギー価格の高騰に伴い、電気料金の値上がりによって国民生活の家計事情に大きな負担を与えてしまう可能性が出てきている。

 国民生活に大きな影響を出さないためにも、原発再稼働を求める声が政財界の一部で高まっている。3月11日の読売新聞によると、10日に開かれた自民党の電力安定供給推進議員連盟の会合で「停止中の原発の速やかな稼働」を求める緊急決議が採択されたほか、国民民主党の玉木雄一郎代表や、日本維新の会代表の松井一郎大阪市長も「安全基準を満たしている原発の再稼働を認めるべきだ。」といった意見を表明している。

 上記で取り上げた事例における玉木代表と松井市長の発言は、あくまでウクライナ情勢の影響によって生じているエネルギー価格の高騰を抑える為を目的として原発再稼働を検討すべきとした限定的なエネルギー政策を意味合いとした発言であると考えられるが、今後10年、20年、あるいはその先のエネルギー政策の在り方を考えれば、原発再稼働というひとつの決断は、限定的な事例への対応策としてではなく、カーボンニュートラルの実現、今後の電力発電に必要なエネルギー資源の入手ルートまど、環境政策や外交・防衛戦略など幅広い分野での考え方を含めた、超長期的なエネルギー政策として決定すべきであると考えられる。

 また、海外では再生可能エネルギーへの技術開発もそうではあるが、原子力発電所の増設についても、検討もしくは推進を進めている傾向がある。最近では、イギリス政府がウクライナ情勢によるエネルギー価格の高騰や、今後の資源入手の事例などを考慮し、エネルギー安全保障の新戦略として、2030年までに新たに8基の原発の新設を決定した。今回のウクライナへのロシアの侵略に対する日本政府の経済制裁の影響は、必ずこのエネルギー政策の分野で大きな問題点となるはずである。島国・日本である以上、こうした天然資源の輸入依存に陥ってしまうのは仕方がないことではあるものの、今後の対ロシア外交や世界市場の混乱による天然資源価格の高騰などを考慮すれば、国民生活の安全・安心を守り、今後の国益を守り抜くためには、原発の再稼働は避けられないのではないだろうか。

小型原子炉「SMR」の技術開発・建設推進

 更には、従来の原子炉よりも出力が小さく、発電量が天気によって左右される太陽光・風力発電などの弱点を補うとして、安全でかつ「安定性と柔軟性」を兼ね備えた小型原子炉「小型モジュール炉(SMR)」の技術開発が、アメリカを中心に各国で進められており、日本でも1月頃に、萩生田光一経済産業大臣がSMR開発に関する国際連携に協力することを発表した。デメリットとして、従来の原発と同じく「核のゴミ」に処分問題や事故のリスクが挙げられてはいるが、脱・炭素社会の実現に向けたエネルギー政策を進めつつ、ウクライナ情勢後の国際秩序における天然資源取引などを考慮すれば、このSMRに関する技術開発や、建設の着手は今後の日本の発展に大きな役割を果たすものだと考えている。

理想と現実の間の溝で

 今回の記事を読んでいただいたら当然分かることだと思うが、私は原発推進派の立場である。確かに、2011年3月11日に起きた東日本大震災による甚大な被害と、それが引き起こした福島第一原発事故の悲劇とその爪痕について理解していないわけではない。実際に自らの目で福島第一原発事故の被害に遭った福島県を訪れ、避難生活を送る住民との対話や、廃炉作業を行っている東京電力の関係者の方々とも膝を突き合わせて話したこともある。再生可能エネルギー100%で日本全国の電力をまかなうことができるのであれば、もちろんそれが望ましいだろう。また原発を推進することによって生じるリスクは十分承知しているつもりだ。しかし政治の世界において資源・エネルギー政策の問題というのは、国家安全保障といった、国家存亡の問題に直結する重要な分野である。地政学(地理的条件・世界史・各国の政治経済の3つの分野から最適な外交・防衛戦略を構築する学問)について研究していると、エネルギーが国家間の外交・防衛に与える影響力は本当に大きい。歴史を振り返れば、2003年のイラク戦争や1941年の太平洋戦争も、その経緯の根幹はエネルギー資源をめぐる問題にある。だからこそ、日本において計画的にカーボンニュートラルを進めるためには、安定的なエネルギー自給率を確保しつつ、向上させなければならない。その手段として現実的に考えれば、再生可能エネルギーと原発という2つの手段が、この国にとって最適な方法なのではないだろうかと考えている。
 この記事の内容に関しては、必ず意見は賛否によって二分されることになるだろうが、これを機に読者の皆様がエネルギー問題、あるいは政治というものが少しでも身近に感じていただけることになれば、これほど嬉しいことはない。

 

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