同居
「ねえ果子。今度駅前にカフェができるらしいんだ。一緒に行こうよ」
「嫌。どこにも行くたくない」
ソファに沈む彼女の声は薄く、どこか浮ついた調子だった。ソファから垂れた彼女の腕は白く、二の腕から肘先ときて手指に至る線がなめらかだ。その中を静脈の青が枝を分けていて、彼女はもう人間とは別の、透き通った神聖な生き物のようにも見える。
同居を始めてから彼女は部屋から出なくなった。外に出ようと誘っても、日に焼けたくないからと外出を拒んだ。僕は彼女の嫌がることはしたくないから言う通りにした。
なんであれ僕は嬉しかった。彼女が家にいてくれる。つまらない仕事も、上司の小言も、何にも怖くない。
けれど、昨日から彼女の様子が妙になった。白い肌はぶよぶよと血色の悪いようになり、身体もいくらか臭うみたいだった。
「大丈夫? 暖かくして」どこか悪いのだろうか。今は十月だから、暖房をつけていても足許は冷えてしまう。僕は彼女に毛布を掛けてあげた。暗いカーテンの外はスンとしずかで、一羽の鳥さえ囀らなかった。
「なにか見る?」
冷えた静けさから逃れたくなり、テレビリモコンのボタンを押しこむ。暗い部屋の中、そこだけ世界が切り抜かれたみたいに映像が流れ出す。
しばらくふたりでニュース番組を眺めていた。
『今月四日、行方不明になった茸沢果子さんの行方について、警察は現在も二百人体制で捜索を続けています。茸沢さんは失踪当時――』
「怖いね、果子。行方不明だって」
画面向こうの明るさとは対象的に、部屋の中ではうす暗い静けさが部屋を満たしていた。孤独が足許を浸すようにひやりとした。
怖くなって、果子、と呼びかけた。
玄関の方で呼び鈴が鳴ったのもちょうどその時だった。果子はうなだれたまま動かない。
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