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【映画評】アスファルト

サミュエル・ベンシェトリ監督の『アスファルト』をアマプラで鑑賞した。おそらくこの映画を観る人の大部分がそうじゃないかと思うが、イザベル・ユペールが出ているという以外の予備知識はまったくなかった。他の役者さん達の中にはヨーロッパで有名な人もいるらしいが、私は全然知らなかった。監督はフランス人で、映画の舞台はフランスのどこか郊外の町にある団地である。

基本的に、分かる人だけ分かればいいというスタンスの、かなり風変りな映画だ。シュールでオフビートで寡黙。芝居の間や演出には、アキ・カウリスマキやロイ・アンダーソンに通じる感覚がある。が、さすがにロイ・アンダーソンほど突き放した感じじゃなく、どこかに優しさやロマンティシズムや人間賛歌的なニュアンスがあって、だから最後まで観るとなんとなくふわっと暖かいものを感じる。そういう意味ではカウリスマキ寄りかも知れない。とはいえ、毒も人間賛歌も趣味性もカウリスマキほど濃厚ではなく、もっとあっさり薄味だ。

あらすじを紹介すると、かなりオンボロなあるアパートの一室で住民会議が行われている。エレベーターが老朽化し危険なので金を出し合って交換しようという話だが、2階に住む男だけ「自分は使わないから金を出したくない」と言って反対する。結局エレベーターは交換するが金を出さない2階の男は利用禁止、という結論になる。さてエレベーター交換後、2階の男は健康器具の事故で車椅子生活となる。エレベーターを使ってはいけないことになっているので、誰も見ていない夜中にだけこっそり(エレベーターを使って)外出し、病院の自動販売機でスナックを買っていると、夜間勤務の看護師の女性と顔見知りになる。彼はなぜか『マディソン郡の橋』の真似をして自分はカメラマンだと言い、彼女の写真を撮らせてくれと頼む...

というのが車椅子の男の話だが、これも含めて三つのサブプロットが並行して進んでいく。二つ目はこの団地に引っ越してきた落ち目の女優(イザベル・ユペール)と同じ階に住む高校生の少年の物語で、部屋からロックアウトされた女優を少年が助けたり、女優の出演作のビデオを一緒に観たり、酔っぱらった女優を少年が助けたり、監督へ売り込むための動画を一緒に作ったりする。

三つ目は宇宙飛行士とアルジェリア人の老婦人の話で、手違いでこの団地の屋上に落下してしまった宇宙飛行士はNASAから「事態を収拾するまでその団地に身を隠していろ」と言われ、英語を喋れないアルジェリア人老婦人のアパートに匿われることになる。老婦人は言葉が通じない宇宙飛行士に息子の服を貸したりクスクスをご馳走したりと愛想よく振る舞い、宇宙飛行士はお返しにキッチンの水漏れを修理したりと、だんだん仲良くなっていく。

三つとも、まるで違う環境にいる人間同士の出会いの物語という点が共通している。アマゾンの商品説明には「不器用な男女の出逢と奇跡のストーリー」「平凡で孤独な日常に、ふと訪れるちょっぴりビターな"幸せ"」とあるが、本来出会わなかったはずの男女が出会ってしまうというのが「奇跡」であり、そのミスマッチな出会いからもたらされる思いがけない癒しが「幸せ」なのだろう。

そういう意味では三つともこのフォーマットに則っているので、最後まで観ると分かりやすい。ただ途中はどれもこの先どう展開するのか全然予想がつかず、多くの観客は首をかしげながら観ることになるだろう。通常のエンタメ映画と違って説明というものがほとんどなく、ただ断片的なシーンをゴロンと放り出してみせるようなスタイルなのだ。その意味では、初期の北野映画にも少し似ているかも知れない。

コミカルなシーンもそれなりにあるが、やっぱり不親切で「分かる奴だけ笑ってくれ」というスタンスだ。丁寧に一部始終を見せるのではなく、キモとなる絵だけ切り取っていきなり突きつける。たとえば2階の男が病院送りになるエピソードでは、ウィンウィンと動いている健康器具にぐったりともたれかかって動かなくなっている男のショットが、いきなり出る。その前は元気に運動していたので、何が起きたのかは不明。が、大体の想像はつく。そんな感じである。

とはいえ、オフビートなコント風のシーンもあり、個人的にはロイ・アンダーソンほどワケわからない感じではないと思う。アパートの屋上に宇宙飛行士が落ちて来る場面や、テレビで放映中の『マディソン郡の橋』でクリント・イーストウッドとメリル・ストリープがフランス語で喋っているなんて場面は、普通に笑える。

それから宇宙飛行士とアルジェリア人の老婦人がテレビでソープオペラを観ている場面では、一度観たことがあるという宇宙飛行士に老婦人が「この人はどうなるの? じゃあ、あの人は?」と次々に質問し、それに宇宙飛行士が答えると「なんてひどい!」と憤慨して観るのを止めてしまうが、このソープオペラのストーリーがとんでもなくメチャクチャで笑える。

観終わってみると三つのサブプロットの比重はほぼ同じで、別にイザベル・ユペールがメインというわけでもなかった。私はむしろ他の二つ、つまり2階の男と看護師の話、宇宙飛行士とアルジェリア人の老婦人の話の方が面白いと思った。しかし画面に登場すると、やっぱりこの女優さんには強烈な存在感がある。この映画全体の一つの重しとなっているのは間違いない。

それからもう一つ、この映画には全体を通じての仕掛けがあって、どこからともなく聞こえてくる奇怪な音がどのエピソードにも登場するのだ。そして主要登場人物が皆「あれは何だろう」と会話し、それぞれが自分の意見を述べるが、結局ストーリーの中で彼らがその正体を知ることはない。音の正体は、この映画の最後の最後に、観客だけに明かされる。もちろん大事なのはその正体ではなく、そうしたミステリーが人々の生活に投げかける小さな影と、人々がそこに色んなものを見るという人間心理の面白さであるに違いない。

もう一度観たいかと言われれば微妙だが、なかなかユニークで不思議な手触りの映画だった。

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