死んでみようと思った話。

 高1のとき、悩みを抱えてる時期があった。ふと,死んでみようと思った。別に死にたい訳でもどうしようもない悩みでもなかったけど,「死ぬほど辛い」って感覚を理解したかった。
 首吊りを選んだ。
 以前から、もし自殺をするならと諸々調べてみたりはしていた。自殺をすることの意味、愚かさ,方法,場所、それに伴う後処理、葬式費用。

 それでも死ねば関係ないと思った。でも家族に迷惑はかけたくないと思った。ODは、経済的に厳しい。飛び降りは、見た人が怖い思いをする。練炭も化学処理は面倒だろう。飛び込みも,遅延は迷惑だし,賠償金も相当なものになる。凍死は苦しくないと聞くけど,現実的じゃない。溺死はしんどいと思う。

 そこで,首吊り。中学で柔道をやってた名残で,「落ちる」って経験はあった。
 ロケーションは自室。実行日は前日の夜から何も食べなかった。直前にトイレも行った。物置からビニール紐をとってきた。ドアノブに暇をかけて,座ったまま首を吊る方法を試した。もちろん,脈の正確な位置なんて分かんないから、ひたすらトライ。
5回目ぐらいで、「死ねる」と確信した。時間は多分朝の4時半ぐらい。平日だった。なんでか、休日は嫌だと思った。
 死ぬのは怖かった。覚悟なんてしてなかった。それでも,試さずにはいられなかった。
 でもやっぱり怖くて,5分後に最大音量でアラームをセットした。もし,家族がアラームに気づいて止めに来たとして。意識を失ってから10分以内。ギリギリ助かるであろう時間。
 試してうちに気づいたんだけど,首吊りってまじでやばい。うまく動脈が締まると、気絶するまで気絶しそうなことを自覚できない。ほんとうにただ眠いように感じる。手足が程よく痺れて,心地よさも感じる。少し寒くなってきたのを感じて、ようやく死を知覚する。全く不快さはないけど,漠然と怖い。そんな感じ。本当に手前まで行ってた。
 だから,すぐに気絶するのはわかってた。故にアラームは5分後。起きたら朝6時。アラームはそもそもついてなかったけど、幸か不幸か平日の朝は毎日鳴る6時のアラームで起きた。ヨルシカの八月,某,月明かり。大好きな曲で目覚めは良くて,1分か2分ぐらいぼーっとして。それで、
     「ああ、死に損なった。」
 いつもはアラームが鳴ってすぐにリビングに降りるから、この日は母が起こしに来た。
めちゃくちゃ怒られたし,泣いてた。自分も泣いた。生きててよかったと思った。ひとしきり怒られて,落ち着いてからリビングに降りると、兄も泣いてた。母から話を聞いたそうで。いつも口の悪い兄が,「死ぬのだけはだめだから」って。また泣いた。ごめんと謝って、泣いた。
 それでも,学校には行った。それでなんだかんだ生きて,今に至る。今でもときどき、自分が死んだらどうなるだろうかと考える。けど、悲しんでくれる人がいると知っているから,もうやりません。
 自分の自殺はこんな感じです。首吊りを考案したやつは天才だね。苦しくないって意味ではまじでそう。練習は必要だけど。
 長くなったけど,もう言いたいことは大体わかってくれたかな。本当に辛いってことの尺度は,人それぞれです。苦痛を比較するのは意味がないです。相当なお金と、16年でできてる人間は、数百円の科学とものの十数秒でぱあにできます。結構恵まれてる自分の人生でさえそんなもんだから,もっと深く悩んでるみんなこそ、何も考えずに生きてみようぜと思ってる,深夜です。どうにでもなれの精神が、最大のライフハックだと思う。参考にもしなくていいけど,死んでみようと思った話でした。

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