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『満願』 月1読書感想文11月

『満願』 米澤穂信 2014年 新潮社

うーん、困った。
感想が書けない。
とても面白かった。確かに面白かった。
6編からなる短編集だが、どれも一気に読める程面白かったのだが、やっぱり感想を求められたら「面白かった」としか答えられない。
何故か。
多分、どの話にも感情移入が出来なかったからだと思う。「あー分かる、分かる!」がない。

どの話も、人間の複雑な感情がみっしりと蔓のように絡みついている。
その複雑な感情というのは、多分、己の信じる『正解』のような物。
それは、自分の行為が未来の礎のひとつになるとか、孫を守るとか、己の誇りを守るなど、人により内容も大小も様々だ。
しかし共通しているのは、例え他人には眉を顰められる内容だとしても、本人には『それしかない』のだ。
それを叶えられるのであれば、文字通り何でもする。人を傷つけ、己も傷つけ、破滅の道を辿ると分かっていても。

大抵の人は、正しい事をして生きなさい。そう教えられて成長してくる。
法に従い、ルールを守り、常識を学び、集団から外れないように。
そして何より、人間は理性の生き物だ。
激情に駆られようが、叫び出したい程の渇望だろうが、己の中に植え付けられた『良識』が寸前のところでストップをかける。
それが機能していない人達の話は、正直同調するのは難しい。事が大きければ、尚更の事だ。

あるいは、それともやはりー。人殺しなどするべきではなかったのか。尊い仕事をしているつもりで、わたしは決して踏み外してはいけない道を踏み外してしまったのだろうか?
万灯『満願』より 米澤穂信



一例を上げれば『万灯』の主人公は最後に、自分はどこで間違えたのか、と自問自答する。
あれこれあがるが、その中でも1番最後に「やはり人殺しなどするべきではなかったのか」と考える。
いや、まずそこだろう!と普通の日常を生きている人なら思うはず。

わたしは自分の仕事を全うしたかったのだ。(中略)今目の前で煌めく灯りに、自分の力で一灯を加えたかった。
その願いは叶うのか。それとも殺人という行為を暴かれて、とうとう灯りを献じることは出来ずにおわるのか。
万灯『満願』より 米澤穂信


犯した罪を裁かれ、そのため自分の大願は叶わないのか、と呟く。
まさしく己の正解の前では、常識も法も何もかもが二の次だ。
己が信じる正解より重いものは存在しない。それが己や他人の生命の危機よりも。
煮詰まった思考は、簡単にレールから逸脱する。


誰にも理解されない衝動。
心は周りを寄せ付けず、孤絶を極め、それゆえに内に内に入り込む思考。
そして深さを増す暗い深淵。
…おお、言葉にしてみると何か格好良い感じがしてきた。

それなら、そんな止むに止まれぬ激情を、自分も体験してみたい…
いや、少し考えてみたが、やはり簡単に否定できた。
そんな物はない方が、穏やかに毎日を楽しめる。それなりに重ねてきた年月が、そう教えてくれる。

暗く激しい物は、大なり小なり己を喰いながら成長していく。
自分にはそれに与える餌はない。
共感できない、そう言えている内が良い。


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