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『東京ロンダリング』 月1読書感想文8月

『東京ロンダリング』 原田ひ香 2013年集英社文庫

人が前進する為には、それ相応の目標(欲求ともいう)がエネルギーとなる。
美味しい物が食べたい、快適に暮らしたい、好きな人と一緒にいたい、認められたい、楽しく生きたい等々。
煩悩の数は108個と言うように、大抵の人の中には、大小、濃淡、問わず数多くの塊がひしめいているはず。

本書の主人公・りさ子は、事故部屋物件に一定期間を居住するロンダリングを生業としている。
事故後、次の住人の一定期間の居住事実があれば、賃貸・売買時に報告の義務がなくなる。

大抵の人は、曰く付きの部屋などに住もうとは考えない。
本書の中でも、ロンダリング業を斡旋する不動産屋の社長も「希望者はいるが大抵はモノにならない」と言う。気持ち悪がってしまう、と。
何か有りそう、とか、不幸は連鎖する、とか。
例え、『気のせい』だとしても、人間にこの『気のせい』は大きく影響する。

この『気のせい』を超える瞬間は、どんな状態なのだろう。
りさ子と、もう1人このロンダリング業を長年こなしている人物が登場する。
2人に共通していると感じたのは、「目標・欲求」がないと言うことだ。
絶望や痛みや混乱のため、目標や欲求を手放したというか、それらに目を瞑り背を向けてしまった。
そういった前向きな物は、人に力を与えると同時に、人の力を喰う。
力がある時か、せめて通常の状態の時でないと、なかなか体内に溜めておくのが辛い。

あんたは泣きもせずに1点を見すえて、たんたんと全部話してくれたから、これはいける、と思った。あれぐらい切羽詰まってないと、なかなかできないからな
東京ロンダリング 原田ひ香

空の器。
そんなイメージが過ぎる。
自分の中から、目標や喜び(プラスの感情)が砕け散るのを成す術なく眺め、そして誰かの命が尽きた部屋の中で独り、今度は悲しみや混乱(マイナスの感情)さえもが静かに消えていくのを、黙って見送る。
何にも期待しない、心を動かされない、流れに流され、ただただ静かにそこに居る。

彼女たちがロンダリングする、特殊な空間の中に漂う様々な言葉に表せないモノを飲み込んでも溢れることなく、その空間と同化すらする、空の器。

もしかしたら、部屋と彼女たちは、同じなのかもしれない。
予想もしない出来事に襲われ、傷付き、世の中からは忌み嫌われ、不要の存在に思われていると、耐え難い孤独に怯える。

終盤、いくつかのキッカケにより、主人公はロンダリング自体に、自分の存在意義を認める。
そして実は彼女が底に隠し持っている「気性のあらさ」が発揮される。(荒れる何かを胸に秘めていると言われているシーンがある)

主人公の言葉に再び力が戻り、再生していく姿を見ながら、人間が持つであろう強さを考えた。
泣いたり休んだり時にはさっさと逃亡したとしても、その瞬間が訪れたら、その強さが自分に寄り添ってくれる。
そうであると信じたい。


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