平安吸血絵巻【源氏夜叉】~鬼になった光源氏~ 第六帖 孤独な美しき花 葵の上編
平安吸血絵巻【源氏夜叉】~鬼になった光源氏~ 第六帖
孤独な美しき花 葵の上編
〇宮中門前・牛車
光が車に乗り込んでくる
惟光「光様、お帰りは二条でよろしいですか」
少し返事を考えて
光「いや、今日は左大臣家に向かってくれ」
惟光「左大臣家?なにか火急な用向きでもありましたか?」
光「そうではない…が」
惟光「用もないもにいかれるなんて珍しい事もありますね」
光「…。」
光は腰を深くして目を瞑る
〇左大臣家・西の屋敷(夜)
廊下を歩いて自分の部屋に向う光(割と大きめの足音でお願いします)
途中、葵付きの女房に止められる
光「(不機嫌に)止めるな。ここは俺の家でもあるのだ。自分の部屋へ向かって何が悪い。」
しかし葵様がとまだ止める女房
光「夫が妻に会いに来て、何か不都合でもあるのか?」
部屋の御簾をあげて中に入る
葵の上がひかるに気づき上座を渡す
光「そのままでよい」
すぐに下がろうとする葵
光「どこへ行く。そのままでよいと言ったはずだ」
その声に驚く葵
それでも酒の準備を女房に任せて立ち上がる
光「いつもいつもそうやって俺が来ると奥へ隠れようとする。これでは話も出来ないではないか…まして子など授かるはずもない」
そのような事は他でなさっているではありませんか?
光「初夜の晩に寝所(しんじょ)を几帳(きちょう)で分けたのはそなたであろう」
あれは…その…だからと言って他に行っていいと事ではないでしょう
光「ならばどうすればよかったのだ。そなたを押さえつけてでも事を成(な)せばよかったとでも言うのか?」
すべてはわたくしのせいだとおしゃるのですか?
光「違う!全てがそなたのせいだとは言っていない。だが…」
ならあなた様を好きだという方の元へ行かれればよろしいでしょう
光「もうよい。他の女のところへ行けと、そなたがそう言うのであれば、俺がここにいる理由はない。父上に俺たちの子は諦めて頂こう」
立ち上がろうとする光
なぜかそれを哀し気に見つめる葵
光「葵、そなたは東宮妃(とおぐうひ)にそしていずれは中宮(ちゅうぐう)にと育てられた。
ゆえに、俺の様なただびとの妻になったことは不運だと思っているのかもしれん。だが、もうそなたは俺の妻なのだ。今更それを変えることはできん。」
部屋を出ようとする光
わたくしはあなた様にとってただのお人形にしか映らないのですね
わたくしとて感情があるんです、だから…
光はその言葉に葵の方に振り返って
光「感情があるからなんだ。俺がいつそなたを人形扱いした…
俺がここへ来るときはいつでもそなたと向き合いたいと思っていたのに…避けていたのはそなたであろう」
‥‥葵の正面に座る光
光「…いつもそうやって口をつぐんでしまう。それでは何も聞こえてこないではないか。言いたい事があるなら話せばよい…それともそれが美徳(びとく)と少納言(しょうなごん)に教わったか?」
(少納言とはこの時代の姫に礼儀作法や勉強を教える家庭教師のような女性の事)
教わってなど…
光「そなたは俺が嫌いか?」
そんな事はありません
光「ならなぜ俺を見ようとはせん?」
恥ずかしいのですあまりにもお名前通りでいらしゃるので…
光「まさか⁈恥ずかしいと…そういう理由なのか(笑)」
あまりにも眩しくて…わたくしなどに勿体ないと思ってしまいます
光「それは俺も同じだ。そなたの様な見目麗しい(みめうるわしい)姫を妻に迎えたのだからな」
わたくしなどあなた様よりも年上でそんなことなど…
光「歳など関係ない。俺は初めからそなたの事を美しいと思っていた。どうやら中将の申していた通りかもしれんな」
お兄様がなにか?
光「俺とそなたはよく似ているとな。言われた時は意味が分からなかったが、こうして話をしてみて初めてわかった(笑)」
似てなどおりませんと葵は否定するが
光は月をみあげて
光「きっと…お互いに不器用なのだろう」
それを横で見つめる葵
光「俺はそなたにとっていい夫ではないだろう。…もしも親王の立場なら、俺はこうも卑屈にはならなかったのかもしれない…」
それを申せばわたくしとて同じ…
東宮妃になり損ねたわたくしの様なものがあなた様の妻でいいのかと…
光「いいに決まっている。こんなに美しい姫を嫌がる男などいない」
お変わりになられましたね
昔はいつもどこか自信なさげでいらしたのに…今ははっきりと物をお言いになる
光「変わった?俺が?言葉にせねば伝わらぬであろう。惟光には言い過ぎだと言われるがな(笑)」
葵はその言葉に笑みを浮かべて慌てて扇で口元隠す
光「初めてそなたの笑った顔を見た。口元を隠さずちゃんと見せくれ」
扇を奪い取ろうと葵に近づく
光「(呟く)喉が渇いたな…」
しかし光はその衝動を咄嗟に抑え込もうとする
光「…いや今ではないな。」
そっと近づきその手を止めて抱きしめる
身を引こうとする葵
光「もっと早くこうしたかった。本当はあの日、几帳など押し倒し、そなたと契りを交わしてひとつになればよかったと…ずっと後悔していた。だがそなたを思えばこそそれはできなかった。」
光様…
光「ずいぶんと時間はかかってしまったが今からでも俺はそなたと仲睦まじい、よき夫婦になりたい。」
光は葵にそっと唇を重ねて帯に手をかける
(リップ音の合間に吐息交じりで台詞をお願いします)
光「あまりの美しさに月が嫉妬してしまいそうだ」
光「我慢せずともよい。その声を俺に聞かせてくれ…」
光「葵…名を呼んでくれ。光と」
光様…
光「もっとだ。恥ずかしがらずにもっと…俺を求めてくれ。俺がそなたを求めるのと同じように」
光様…
(リップ音でフェードアウト)
事後、余韻に浸りながら光は腕の中に葵を抱いている
座った状態で葵は光にもたれ掛かる形で一枚の着物を二人で羽織っている
光「痛むところはないか?無理をさせたのでは…」
大丈夫ですが…床を汚してしまって…
光「あぁ…それは仕方ないこと。今宵が初めてだったのだからな…。だがそうだな…。皆にはどう説明しようか。」
光「あの晩「事が済んだことを周りに知らせる」なんて馬鹿げた儀式の為に、何もしていないのに指を切って、その血で誤魔化してしまったからな。2度も血がつくことなどあり得ぬ」
光「まぁそれはまた明日考えよう。今は…。」
光が葵の上を後ろから抱きしめる。
光「実はな、そなたは気づいていなかっただろうが、俺は度々ここでそなたの琴の音色を聞いていた。美しいそなたの琴の音色を聞くたびに、近くで聞きたいと思っていたのだ。
葵、また聴かせてくれぬか?」
少し間を空けて
光「はぁ…。」
光「いや、そなたの事ではない…今日、帝に呼ばれてな。若宮に会って来たのだ。」
まあとても美しく可愛らしいとお聞きしましたがそれが何か?
光「俺の赤子の時にそっくりだそうだ。」
光「父上が帝の座を兄上に譲って若宮は東宮にお立てになると…その後見を頼まれたのだ」
光「藤壺様の血筋を鑑みても(かんがみても)俺もそれがいいとは思うのだが…いずれは藤壺様を中宮にともおっしゃられていた…そうなれば、また後宮が黙っているかどうか…」
中宮に東宮…ですか?
光「俺を後宮の争いから守るために臣下(しんか)に落としたというのに…これでは。」
光「帝の気持ちはわかっている。わかっているのだが…心がざわついて仕方ないのだ…」
そっと葵は光を抱きしめる
光「あたたかいな…こうして人があたたかいと思ったのはいつぶりであろうか…。
いつもどこか寒い。寒くてしかたなかった」
唇を重ねて優しく押し倒す
光「もう一度…今度はもっと…。」
(リップ音でフェードアウト)
〇二条邸・自室
一人酒を飲む光
惟光「光様…少しよろしいですか?」
惟光が光にお伺いを立てる
光「惟光(これみつ)か?何に用だ?」
部屋に入り光に前に座る惟光
惟光「まずはお留守の間に二条邸に来ていた文を…」
惟光は文の束を光に差し出す
光はいちばん上の文に目を落とす
光「…また六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)か。流石にそろそろ返さねばな。」
手に取って開こうとするのを惟光が止める
惟光「そちらの文をお読みになる前に、お耳に入れておきたいことがございます。」
光「?なんだ」
惟光はさらに光に近づいて
惟光「実は…。
葵まつり(あおいまつり)の際の出来事はもうお聞きになられましたか?」
光「葵まつり?いや?それが何か関係しているのか。」
惟光「ええ。そこで葵の上様と六条御息所様が車寄せ(くるまよせ)の場所取りで…」
光「なんと…確かにあの時どこぞの牛車(ぎゅうしゃ)が騒ぎになっていたことは聞いたが…まさか…」
惟光「狭い場所での場所取りで先にお止めになっていたのは六条御息所様だったのですが…結果的に葵の上様の車がその場所にお止めになられたました」
光「では御息所(みやすどころ)の車は…」
惟「隅に追いやられたと…」
光「…なんとそのような事になっていたとは…」
惟光「もしやその事を訴えられているかもしれません…」
光は頭を抱えながら文を開いた
光「やはり惟光の予想通りその時の恨み言が書いてある。そして…最後は葵の懐妊(かいにん)を祝う言葉で締めくくられている」
惟光「…。」
光「これは、相当…こうなる事がわかっていたから御息所には知らせたくなかったのだが…父上が大変お喜びになって皆に話てしまったようだからな」
光は御息所にどう返答するかしばらく悩んでいた
筆をとって文をしたためる光
光「この文を御息所に届けてくれ、詫びの品ではないがあの方が好みそうな唐衣(からぎぬ)を添えて送ってくれ…」
惟光「わかりました。すぐに準備いたします」
文を持って惟光は部屋を出る
光「気位の高い方だ。唐衣程度でお気持ちが鎮まるとは思わないが…今は葵の事が心配だ。
産み月(うみづき)まであと少し…」
文を握り潰して
光「この文の内容…怨念にも似た嫉妬がにじみ出ている。あの方はずっと俺と葵は名ばかりの夫婦で自分の方が関係は上だと思っていたのだろうが…。」
光「今は我が子が無事に産まれる事だけを祈ろう。」
〇左大臣邸・お産の間
葵が産気づいている
光「いつ産気づいたのだ。なぜすぐに知らせなかった」
光が慌てて部屋に入ってくる
光「葵、大丈夫か。今、安産の祈祷(きとう)をしている。すぐ楽になるからな」
葵の手を握って
光「おい、こんなに辛そうではないか。なんとかならんのか。」
光様と青息吐息ですがる葵
光「頑張ってくれ…あと少しで二人の子に会えるんだ。葵…」
もうそろそろなので部屋を出るように産婆にいわれる
光「葵、俺はここ居るぞ。安心しろ」
しばらくして赤子の泣き声がする
男子が誕生する
光「葵…よくぞ頑張った男の子だ」
横になっている葵に赤子を見せる
光「俺にそっくりだ。どうした疲れて眠いか?このまま少し休め。俺はずっとここに居る」
隣に赤子を寝かせてやる
赤子を愛おしそうに見つめるふたり
光「俺の子を産んでくれてありがとう…」
その言葉に眠りにつく葵
隣に座って二人を見つめている光
戸が開いて中将が入って来る
中将「産まれたんだって」
光は振り返って
光「あぁ…男の子だ」
中将は光に隣に座って赤子の顔を覗き込む
光「おい、起こすなよ。二人とも今寝たとこなんだ」
中将「お前に似ていていい顔をしている。これでうちは安泰だ(笑)」
あちらに宴の支度が出来ていると声をかけられる
二人は部屋を移動する
〇同・光の部屋
酒に支度が出来ている
中将「しかしいつの間に仲良くなったのだ。ずっと不仲で心配しておったのだぞ」
光「二人とも気持ちの行き違いがあったというだけだ」
中将「あんなに性格のきつかった葵がお前の前では女の顔になっている。…あの顔を見れば他の男も黙っていないかもしれぬな。」
光「(笑)それは困る」
中将「しかし人は変わるものだな。子まで作って…。光の君、どうかこれからも葵の事を大切にしてやってくれ」
光「ああ、わかっている」
急に表が騒がしくなる
女房が部屋に駆け込んでくる
光「一体何事だ!」
もののけが葵の上様を…
中将「物の怪とはどういうことだ」
二人は慌てて葵に寝ている部屋に向かう
光「阿闍梨和尚(あじゃりおしょう)を呼び戻せ!陰陽師(おんみょうじ)も呼べ!すぐに物の怪を払うのだ!」
部屋に飛び込むと物の怪が葵に上にまたがって今にも取り殺そうとしている
中将「物の怪だと!弓を持て…呪詛払いの祈祷が始まるまで俺が引こう」
魔よけに弓をはじく中将
光「葵…しっかりしろ。いったい急にどうして」
光「こんな物の怪に負けてはならぬ」
葵を抱いて物の怪を払おうとする光
光「この香り…やはりあなたは…どうしてそこまで…」
物の怪が苦々しく光を見つめる
その視線が赤子に移る
光「やめろ!その子はたった今生まれたばかりなのだ!」
光が一瞬、葵から手が離れた
その隙に葵の命は吸い取られてしまった
光「しまった。葵…どうした。今、呪詛払いに祈祷が始まった。もう大丈夫だ。葵…」
光「おい、目を開けてくれ。俺の名を呼んでくれ…葵…葵」
光の泣き叫ぶ声が部屋中に響き渡る
第六帖 完
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