平安吸血絵巻【源氏夜叉】鬼になった光源氏~第七帖~ 危険な花 朧月夜編 小さな手を

平安吸血絵巻【源氏夜叉】鬼になった光源氏~第七帖~
危険な花 朧月夜編 小さな手を

〇御所・大広間(夜)
宴の最中部屋の隅でひとり酒を飲んでいる光
そこへ酒を持って近づいてくる中将

光「なぜわざわざ隣に座るんだ中将」

光の隣に座り酒を酌み交わす中将

中将「別にいいではないか」

光「…」

酒を飲みながら

中将「お前、息子には会いに行っているか?」

光「(歯切れが悪そうに)…あぁたまには」

中将「嘘をつくな…おばあ様がなかなか来ないと嘆いておったぞ」

光「…(黙り込む光)」

中将「…気持ちはわからんでもないが…子どもが可愛いのは今だけだぞ。それを忘れるな」

光「ああ‥肝に銘じておく。」

しばらくまわりの賑やかさが聞こえてくる

中将「そう言えば六条御息所の話は聞いたか?」

光はその名前に一瞬顔を曇らせた

光「あのお方がどうかしたのか?」

中将「その様子では知らんのだな。なんでも加茂の齋院(かものさいいん)に下(くだ)られるそうだ」

光「娘の斎宮(さいぐう)について行かれるのか。やはりあの方なのだな…あれは…」

中将「葵が亡くなって次は自分と思っていたであろうが…違うのであろう?」

光は外を眺めながら

光「次が御息所?まさかあの方は葵を…」

中将「葵?葵に何か…まさか!」

光「嫌、何でもない。今のは聞かなかったことにしてくれ」

光のただならぬ様子から中将はそれ以上聞くのを止める

光「先日、父上を見舞ってきたんだ」

中将「具合は如何(いかが)だった。かなり病が重いとお聞きしたが?」

光「あぁ…少しだけお話をした。だが以前の様な元気な姿はもはや見られないかもしれんな」

中将「若宮も東宮に立たれてこれからだというのに…」

光「お傍で藤壺様が看病なさっていたが…かなりお窶れ(やつれ)になっておられた。何も知らずにいる東宮もお可哀想でな…」

中将「…まあ今夜はゆっくり酒でも飲もうではないか…」

ふたりは酒を酌み交わす

〇同・後宮(夜中)
酔い覚ましに庭を散歩する光

光「…ここ後宮の桜も満開だな」

桜の木の下に人影を見かけて

光「あの女は…」

その人影に近づいて

光「また会ったな。二年間に会った時もここの桜が綺麗に咲いていたか…」

驚く女

光「なんだそんなに驚かなくてもよいではないか?知らぬ仲ではないであろう」

廊下の向こうから人の気配がする

光「こっちへ…」

光は女の手を取って物陰に隠れる

光「しっ静かに…人に見られて困るのはお前も一緒だろ」

拒む女を逃げられない様に抱きしめる光

光「なぜ拒む。あの時もこうして一晩過ごしたではないか。思い出させてやろう」

光はおもむろに女に唇を重ねる
長い口づけの跡に甘い吐息をを漏らす女

光「(笑)身体は正直なようだな。あの時の様にもっといい声を聞かせてもらおうか」

唇を重ねるふたり

光「そんな声を聞いたら俺も喉が渇いてくる」

光は女の着物の襟を開いてその白い肌に牙を立てる

光「いい声だ…もっと啼け(なけ)」

光「以前とは匂いが変わっている。より深く…甘い。格段と上質になっている。ずいぶんと可愛がってもらっているようだな」

光「ならばもっと楽しませてもらうとするか…」

腰ひもを解いて身体を重ねる
(リップ音でフェードアウト)

事後、身支度をしようとする女

光「まだいいではないか」

女を引き寄せて唇を重ねる

光「今の俺の渇きを潤せる女はお前だけだ」

光「そろそろ名を明かしてはくれぬか」

かたくなに名前も所在も言わない女

光「全く強情(ごうじょう)な女だ。名さえも口にしないとは、だがそこがお前らしい」

光「初めて出会った晩も今宵のように月に霞が(かすみが)かかっていたな。(笑)そうだお前に名をつけてやろう」

光「朧月夜(おぼろづきよ)の君…今宵の月と同じ名だ…」

光「月詠(つくよみ)が嫉妬して月を隠すほどお前は美しい女だ…」
(月詠とは月の神の呼び名)
そのまま押し倒してフェードアウト

〇御所・藤壺の部屋
対面して座る光と藤壺

光「藤壺様、父上の葬儀も終わり今後はわたくしが東宮の後ろ盾となってお守りいたします」

頼みますと頭を下げる藤壺

光「頭をお上げください。そのような事をしてもらうためにここへ参ったのではありません」

黙ってはらはらと涙をこぼす藤壺

光「なぜお泣きになる。まだ父上をお思いなのですか」

近づいて藤壺を抱きしめようする光
それを払いのけてさらに涙する藤壺

光「ここには誰もおりません。我慢せずともいいのです」

藤壺は帝の最後の言葉を光に伝える
   
光「(驚きながら)まさか…父上は全てご存じだった申されるのか?わたくしたちの関係もそして東宮が誰の子であったのかも…」

頷く藤壺

光「だったら尚のことこれからはふたりで守って行かねば…」

これは罰なのです。帝を裏切った私たちへの…だからもう…

光「なぜそのような事をおっしゃる。罰ならわたくしがすべて引き受けましょう」

抱きしめようとする光をさらに拒む藤壺

光「なぜ…そうまでして拒むのです。あなたは今でもわたくしを思って下さっているのでしょう。だからそんなにも苦しいのではないのですか?」

だからこそこんな関係は終わりにしたいのです

光「なぜ…終わりにする必要が、こんなにも互いが求め合っているのに、今のあなたを一人になどできません」

一人にして欲しいという藤壺

光「何故ですか藤壺様」

押し倒そうとする光
光の君がお帰りになると人を呼ぶ藤壺

光「わかりました。今宵はこのまま帰るといたします」

女房が入って来る
入れ替わりに出て行く光

〇同・車寄せ
牛車に乗り込む光

惟光「光様。藤壺様のご様子は如何でしたか?」

光「‥‥」

惟光「光様。如何なされました。なにかございましたか」

光「(惟光の言葉に何かを言わなくてはと)父上の四十九日(しじゅうくにち)が過ぎたら三条のお屋敷に戻られるそうだ」

惟光「では後宮もこれからは寂しくなりますね」

光「‥‥あぁ」

しばし悩んでから

光「惟光、戻ってくれ」

惟光「(驚いて)光様?」

光「御所へ戻れと言っておるのだ」

惟光「御所ですか?」

光「…早く戻れ」

惟光「(意味が分からず戸惑いながら)わかりました」

牛車は踵を返して御所に戻る

〇後宮・人気のない部屋
睦あっている最中からシーン開始

光「もっとだ…まだまだ足りない」

牙を立てて血を吸う光

光「いくら飲んでも乾きが癒えないのだ。朧月夜(おぼろづきよ)…もっと血を…」

光「喉の渇きが収まらん」

光「(朧月夜に対してではなく独り言のように呟く)どうして…」

ぐったりしている朧月夜を抱える光

光「…もう終わりか」

光を抱き返す朧月夜

光「日が昇るまではまだ時がある…」

唇を重ねて睦あう

光「なめらかな肌…馨しい(かぐわしい)匂い…」

光源氏様…と名を呼ぶ朧月夜
一瞬、身体を離し驚く光

光「お前…やはり俺の名を知っていたのだな」

頷きながら身体を絡めてくる朧月夜

光「ふふ…わかっていても俺に抱かれたいのか…俺に溺れてしまえばいい…」

リップ音でフェードアウト

廊下で「ガタっ」という物音で目が覚めるふたり

光「だれだ!」

起き上がって廊下を見るが誰もいない

光「猫でも通ったか?そろそろ夜が明ける…」

〇二条邸
ひさしぶりに二条邸に帰ってきた光
玄関に正座をして出迎えをする若紫
しばし見ないうちに少女から大人の姿になった若紫に驚く光

光「…これは、いつもであれば駆け寄って来て抱きつく若紫が…きちんと出迎えをしている」

その言葉に少し不機嫌になる若紫

光「そうふくれるな。しばらく二条に帰っていなかったからあまりの変わりように驚いているのだ」

美しい所作で立ち上がり部屋へ案内する若紫
その姿に見惚れる光

光「若紫、いや紫の君もしばし見ないうちに本当に大人になった。初めて会った北山ですずめを逃がして泣いていた女童(めのわらわ)からは想像も出来ないほどの変わりようだ」

〇同・自室
縁側でひとり酒を飲む光

光「(寂しげに呟く)今宵は月が出ていないのだな」

物陰から光を見つめる若紫

光「そこに隠れているのは誰だ。高貴な姫はそのようにはしたない真似はしないものだが」

戸の影から姿を現す若紫

光「ずいぶんと夜も遅いというのにまだ起きていたのか?若紫」

頷いて隣に座り酌をする若紫

光「いままで酌などしたこともないのに…」

盃を煽る光

光「もしや、俺がいないうちに何か困りごとでも出来たか?それなら…」

葵の上と桐壺帝の死に関してお悔やみをいう若紫

光「そうか…葵と父上を亡くした俺を案じてくれていたのだな。そのせいでここへも来れずに寂しい思いをさせたのに…そのような気遣いをしれくれるのか…ありがとう」

涙を浮かべる若紫

光「なぜそなたが泣くのだ。これもまた人の運命(さだめ)というもの…ただ愛する人が逝ってしまうのは寂しいということか…そう言えばお前もお婆様を失くしていたのだったな」

そっと若紫を抱き寄せる
泣いている若紫をなだめるように

光「ずいぶんと大きくなった。お前がここへ来てもう五年か…早いな…これではもう抱き上げられないではないか(笑)」

光「これならすぐにでも裳着の儀式を執り行う事にしよう」

嬉しそうに微笑む若紫

光「最近は暗い出来事ばかりだったから少しは華やかになる様にな」

あくびをする若紫

光「(笑)なんだ、今大人になったと言ったばかりなのに…そのような大きな口をあけてあくびか?」

笑って誤魔化そうとする若紫

光「仕方ない今のは見なかったことにしてやろう。さあ寝所に行きなさい」

離れようとしない若紫

光「…ふーっ寝所まで抱いていくか?」

若紫を抱き上げる光

光「初めて会った時は片手で抱き上げられる程に小さかったのに…年月(としつき)が過ぎるのは早い」

部屋を出て寝所に向かう

〇同・寝所
寝床に若紫を下ろす光

光「今宵は以前の様に一緒に寝るか…」

隣に横になる光
嬉しそうに抱きつく若紫

光「まったくこういうところはまだまだ幼い」

腕の中で寝息を立て始める若紫

光「つい前日まで子どもだ子どもだとおもっていたのに、いつの間のかこんなにも美しくなって人の心まで慮(おもんばか)れるような大人に成長していたとは…」

光「母上も父上も…そして葵も、大切にしたいと思う人は皆、俺の目の前から消えて行ってしまったというのに」

若紫の寝顔を撫でる光の手を若紫が自然と掴む

光「この小さい手は…いつも俺の手を求めていたのか?俺がいない夜は俺の着物を抱いて寝るほどまでに」

光「ここに俺を思ってくれる小さな手があることを俺はなぜ忘れていた」

光「いつまでも後ろばかり見ていては…もう終わりにしなければ」

光「健気で愛しい人を俺が守らなければ」

愛おし気に若紫を見つめる光

第七帖 完

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