平安吸血絵巻【源氏夜叉】鬼になった光源氏~第八帖~ 春の華 若紫から紫の上編

平安吸血絵巻【源氏夜叉】鬼になった光源氏~第八帖~
春の華 若紫から紫の上編

○二条邸・東の対屋
廊下に立ち庭を眺めながら

光「天気も良く穏やかな日和だ。父上の喪(も)が明けるのが待ち遠しかった」

惟光が廊下を足早に近づいてくる

惟光「(少し焦り気味に)光様」

光「どうした。何か困り事か?」

惟光「はい、本日の式へのお祝いを持った使者があとを断ちません。対応する人も祝いの品を置く場所も何もかも足りないので困っています」

光「それは、それは。都中(みやこじゅう)が紫の裳着(もぎ)を祝ってくれている証ではないか(笑)」

惟光「笑い事ではありません…光様に采配(さいはい)をお願いしたくて呼びに来たんです」

光「惟光、お前も俺に仕えて長いのだから俺を頼らざとも…」

惟光「とにかく、来て下さい。帝と藤壺様からもお祝いの品が届いてます」

光「なんと兄上と藤壺様からも…これで紫の裳着に箔(はく)が付くと言うものだ」

光、立ち上がりながら

光「そうだ。言い忘れておった。惟光には先に伝えておく。明日(あす)からは紫の上と呼ぶように」

惟光「…わかりました…(勘のいい惟光)正式に妻になされるのですね」

光「あぁ、本人には今宵、話をするつもりだ。俺は紫の上を陰に置くようなことはしたくないのだ」

惟光「そうですね」

光「明日からはこの二条邸の北の方(きたのかた)として奥向き一切を任せることになる。本人も不慣れな事で大変だと思うがよろしく頼む」

惟光「はい、今日は本当におめでたいことが重なっていい日になりましたね。光様、改めておめでとうございます」

光「ああ、お前もこれまで良く仕えてくれたありがとう」

廊下を歩く二人の足音でフェードアウト

○同・西の対屋
裳着の準備で慌ただしくしている人々の喧騒
真ん中に座りじっと儀式が始まるのを待つ若紫

光「もうすっかり式の準備は終わったようだな」

緊張しながらも頷く若紫
大人の装いの若紫、あまりの美しさにどこか照れくささを感じ揶揄うように

光「ほぉこれは…すっかり美しい姫になったな。馬子(まご)にも衣装とはこのことか」

膨れてそっぽを向く若紫

光「…そう怒るでない。今までとは比べものにならないくらい美しいと思ってな、これがあの時、北山で会った女童(めのわらわ)なのかと驚いてしまったのだ」

光「(呟くように)出会った頃の藤壺様にそっくりだ…」

不思議そうに光を見る若紫

光「そろそろ式が始まるな…腰結(こしゆい)の大役(たいやく)は兵部卿(ひょうぶきょう)の宮にお願いをしておいた」

その言葉に驚いてよろこび光に抱きつく若紫

光「やはりここはお前の父上にお願いをしたくてな…ずっと気になっておったのだろう?」

光「これから先は縁(えん)というものは大切にしなければなぬからな」

ここから裳着のシーンになります
出来れば華やかな平安朝の雅楽をBGMにお願いします
その中に畳をすり足で歩く足音と紐をキュッと締める音が入るとその後のセリフでこのシーンが裳着の儀式の最中だと表現できると思います

○同・大広間
祝いの席で酒を酌み交わす人々

光「今宵は紫の祝いだ。皆、遠慮なく飲んでくれ」

中将「光の君、こんなところにいてもいいのか?」

光「中将、今日は右大臣の名代(みょうだい)で来てくれてありがとう」

中将「いや。俺はお前が今まで奥に隠していたあの娘(こ)が気になってな。顔を見に来ただけだ。公の場で顔を見られるのは今日が最後だしな(笑)だが驚いた。まさか兵部卿の娘だったとは…道理で藤壺様に似ているわけだ」

光「兵部卿が本宅以外にも姫が居たことは知られていなかったからな。俺もあの北山で出会うまで知らなった」

中将「それにしても…日和見(ひよりみ)で権力のある人間の影に隠れてばかりいる兵部卿らしいな。今回の大役に出てきたのも娘の為というよりは…」

光「まあそうであろうな。きっと俺が東宮の後見を受けたことも関係しているだろ。そういうお方だ」

中将「わかっていてなぜ頼んだ?」

光「それは…紫の上の為だ。ずっと心のどこかで父親に捨てられたのではないかと思っているようでな。その哀しい気持ちを少しは晴らしてやりたかったのだ」

中将「…そんな理由(わけ)があったのか。まあ式の様子を見る限りはもうそんな思いもしなくなるだろう。光の君の気持ちは通じているさ」

光「それならばいいのだが…」

中将「にしても本当に藤壺様が入内(にゅうだい)なさった頃にそっくりで驚いてしまった」

光「確かにいくら姪とはいえここまで似るとは俺でも思わなかったさ」

中将「あの娘…いや、もう紫の上様と呼ばねばな…お前の事だ。正式に妻にするのであろう」

光「ああ‥そのつもりだ」

中将「ならばいつまでもここにいないでさっさといってやれ。きっと待っているぞ」

光「だといいのだが…まだまだ子どもだ…どうなることか」

中将「これはまたずいぶんと臆病な物言い。光の君らしくない(笑)」

光「…そう言わんでくれ」

中将「(笑)邪魔をしても悪いからな。俺は帰るとする」

光「そうか…では右大臣にも礼を言っておいてくれ」

中将「ああ、わかった。ではまた」

中将の去っていく足音でフェードアウト

○同・東の対屋
寝所で座って待っている紫の上
そこへ戸を開けて入ってくる光

光「紫の上、まだ休んでいなかったのか?」

光「今日は疲れただろう」

光は紫の上の隣に座る
急に光の方を向いて頭を深々と下げ向上を述べる紫の上
その姿に驚く光

光「急に頭など下げて…今日の事の礼なら要らぬぞ。顔をあげよ」

光は真面目に話を始める

光「こうしているという事はどういうことかわかっておるな?」

光「今宵、お前を正式に妻に迎える。そして俺の北の方としてこの二条邸の奥向き一切を任せる」

驚く紫の上

光「明日からは皆がお前を紫の上と呼ぶことになる。それが妻になったという証だ」

そっと抱きしめる光

光「ずっとお前が大人になるこの日を待っていた…」

光「小さく可愛らしかった若紫が今宵からは俺だけの紫の上になる」

光「…怖いか?安心しろ…何も怖くなどない。今よりももっと深く心も身体も繋がるのだ」

光「だがな、無理はせずともよい。心の準備がまだなのであろう」

震えながら頷く紫の上

光「いつもの様に隣で寝るだけでもよい。今まで待ったのだもう少し待ったところでかわりなどない」

不安げに光を見上げる紫の上

光「なぜ、そんな不安げな顔をする?」

紫の上は今まで言えなかった心の内を打ちあける

光「……愚か者め(笑)そんな事がある訳がなかろう。お前は他の女とは違うのだ、比べるまでもない」

光「これからは光源氏の北の方として堂々としていろ」

光「分からないことは俺や少納言(しょうなごん)に聞けばいい」

紫の上をそっと抱きしめて…

光「なにも案ずるな…これから俺がずっと守ってやる。ずっとこの手を握ってな」

そっと唇を重ねる光
身を引きそうになる紫の上を抱きとめる
口づけをしながら腰紐を解いていく光

光「一生をかけて守ると約束する」

しがみつく紫の上

光「今宵、紫の華が咲く…」

リップ音でフェードアウト

光「すまない…今まで我慢してきたせいか…無理をさせたようだ」

紫の上の頭を撫でながら…

光「この不思議な感覚はなんであろうな。この今まで誰にも抱いたことがない…感情は…」

光は紫の上に初夜の和歌を送る

『あやなくも 隔(へだ)てけるかな 夜(よ)を重ね(かさね) さすがに馴(な)れし 中の衣(ころも)を』

そのまま静かにフェードアウトをして下さい

早朝…文を握りしめて布団に潜り込んでいる紫の上

光「紫の上…そろそろ起きてはどうだ?あまり朝が遅いと皆が心配するぞ」

寝具を取ろうとするが出てこない紫の上

光「我が妻は恥ずかしがり屋だったのだな…夫婦になったことを周りに知られるのがこれ程にまで恥ずかしいとは…」

寝具の上から紫の上を抱きしめて

光「起きないのなら…夕べの続きをするか?」

その言葉に飛び起きる紫の上

光「(笑)ようやく起きたか…どれ、どこも痛くはないか?」

寝具の血を見て驚く紫の上
慌てて隠そうとするが…

光「敷布(しきふ)そのままでいい。その赤い印が夫婦になった証(あかし)となるのだから…」

光「これからの詳しい事は少納言(しょうなごん)が教えてくれる…何も心配することも恥ずかしがる事もない」

光「紫の上…お前は俺にとって春なのだ。寒く辛い冬しか知らなかった俺に春の穏やかで暖かい日差しのような笑顔を見せてくれる。俺はこの先もずっとお前のその笑顔を一生守ると誓おう」

頷く紫の上

光「ようやく笑顔を見せてくれたな…お前はそうやっていつも隣で笑っていてくれ」

第八帖 [完]

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