思慕一途柳問答 7

信幸の屋台は柳の前の小道を進んでいくとある。   
同じ川沿いにはなる。
その小道の先には少し開けた場所がある。
川の水が使え、人数が居る事も出来る。
元は勇也の組が大八車や仕事道具を置くのに使っていた。

今はそこに余った切り株やら樽やらが置いてある。
そこに大八車に乗っかった形に鉄斎が作ってくれた屋台が入り、皆で輪になり飲み食いをする。
冬になってからは三箇所に火鉢を置き、そこにそれぞれが座る為に樽や切り株を持ち出し楽しんでいる。

小道を抜けた先に現れる隠れ家。
そんな風情があった。

客も馴染みの勇也組に加えて、随分と増えた。
本来はうどん屋なのだが、今は煮卵や豆腐なぞも温めて出している。

そして何より酒を燗で飲めるのが強かった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

あれから三日が過ぎた頃、またあの素っ頓狂な女は現れた。
また同じ様に茶碗に熱い酒を並々と貰い、嬉しそうに目を細め呑んでいる。

その女が来ると、勇也はサッと小道を抜けて行った。

「はあ〜幸せぇ〜!」

女は飲み干した吐息と共に吐き出す。
信幸も商売が板に付いてきている。
そう言われるともう一杯!と勧めずにはいられない。
女は拒むでもなく、また笑顔で飲み干す。
口から目までしか出てないが、それはとても幸せそうに見える。

「いやあ、お客さんはいい飲みっぷりですねえ。」

「あらぁ、そうかしら?でも私、あまりお酒は強くは
 無くって。」

「へえ!?そうは見えませんがねぇ。」

「内の周りの方々はぁ、私なんて足元に及びません程
 に呑まれますのよ。」

「へえ!?そいつぁ凄いですや!」

「それにお金もそろそろ稼がないとですわぁ。先日は
 少し呑み過ぎましたものぉ。」

「そいつは申し訳ないこって。お客さん、何のお仕事
 をしてらっしゃるんで?」

「あららぁ〜それは言えませんわぁ。ですんでぇ、今
 夜わぁ、、、もう後一杯で。」

「よ御座んす!味わって呑んでくだせぇ。」

信幸がお湯に浸けた酒を注ぎ足そうとする。
女が目を輝かせて見つめている。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「あー!信幸さん!」

そこに美代が声を掛ける。

「お!どうしたい?お美代ちゃん。」

実の所、屋台から少しだけ横に離れた火鉢を囲んでいた松方澪に肘で小突かれて思わず声を出したのだから、、

「えーと、、え、、」

言葉には詰まる。

「主人、最後の一杯なんだろう?
 いい飲みっぷりの姉さんさね。
 一から燗したヤツがいいんじゃないかねぇ。」

澪が助け舟を出す。

「ああ!そりゃあ、そうか!
 気は心ってヤツですねえ!」

信幸は合点がいったという様に新しい酒を温め始めたが、美代や澪からすれば今帰られては困るというだけの話だった。

勇也が柳の木から戻るまでは、この女に帰られては困るのだ。

「嬉しいですわぁ〜特別な扱いみたいでぇ。私、こう
 いうの好きですの!」

「喜んでもらえたら、こちらも嬉しいですよ。」

「私の好いている方も、私を特別扱いしてくれます、
 お前は可愛い!特別な女だ!って。

 離れていても、私にはあの方のその声が聞こえるん
 ですぅ。 

 だから私、この江戸でも諦めずにいられるんですわ
 ぁ!」

そんな言葉を聞いて、美代と澪は顔を見合わせた。
そこに走り来る足音がしだした。

まずは勇也が顔を見せる。
それから振り返り、誰かに頷いてみせる。
その勇也の後ろから現れたのは佐納流園である。

「姿形は似ておりやす、、」

そう言うと流園はその場に立ち尽くした。

「えっ?やっぱり、そうなの!?」

「あらまあ、、瓢箪から駒かねぇい。」

美代と澪も事の成り行きを見守る。
やがて流園がゆっくりと女に近付いていく。
女は相も変わらず首から上を隠している。
遠目からでは埒が明かない。

「お妙かい?お前さん。」

流園はやはりゆっくりと声を掛けた。


つづく




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?