思慕一途柳問答 1

江戸の町には人足たちが住む長屋がある。
仲間同士で寄り集まって暮らす小さな部屋がズラリと並び、側には川がある。
川の水がまだ井戸の変わりをしている。
その川の前を歩いて行くと大きな柳の木がある。
枝垂れた葉は全て落ちているが、江戸の恋仲が約束の場所に定めるのは冬になっても変わりはしない。

顔立ちの整った一見女と見間違える男が、この柳の下に現れる様になったのも、寒い冬になってからの事であった。

佐納流園。
旅の役者だ。

いや、正確には役者だった。
その美しさを武器に妖艶な女形として、行く土地毎に人気を得た。

だが世の中は定まったと聞いた時、自分の生き方も定めようと思った。流園と恋仲になった娘も賛成した。

神事に関わり芝居や踊りを見せる顔には裏がある。
その娘も、そんな的にされようとしていた。

裏があるものからは逃げる事になる。
一緒に逃げても足が付く。

二人は途中で二手に別れ、かつて江戸に来た時に見たこの柳の木の下で落ち合う事としたのだ。

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「冷えてきやがったねえ。」

厚手の半纏を着て首や顔の周りを布で覆い、男は毎夜と柳の下に立っていた。

「江戸に来れば光がある。
 とは言え、江戸は遠いからなあ。
 だけどよ、きっと会えると信じているぜ。」

静かに舞い始めた雪を感じながら、佐納流園は己に言い聞かせる様に呟いた。

「あれ、兄さん、、いい男だねぇい。
 何処ぞのいい女でもお待ちかい?」

そんな流園の耳元に不意に声が掛かった。
美しいその眉が片方だけ上がる。
全く気配がしなかったからだ。

役者は肌で気配を読む。
芝居の間合いは目で見る物ではない。

そんな流園に悟られぬ動きとは、、一座の女たちの様な裏がある者という事か。

「ねえ、兄さんったらぁ、、すっぽかされでもしたん
 なら、あたいとどうだい?」

流園はその声に顔を向けなかった。

「あっしには約束した女がおりやす。
 他を当たって下さえ。」

何故ならこの声の主である女、顔が近づく気はあれど
身体の気配がしない。

人がすぐ横に立っているなら、僅かなれど熱がある。
その熱が感じられないのだ。

流園はそっと懐に手を忍ばせた。

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「冷たいじゃないか、兄さん。
 あんたみたいないい男に待ち惚けを喰らわす女さ。
 きっと今頃は同じ事をしているさね。」

「そいつは聞き捨てならねぇな。」

「ええ?」

「テメェの事ならいざ知らず、惚れた女をコケにされ
 たんじゃあ、黙ってらんねえって事よ!」

流園の身体が跳ねた。
女の顔と向き合った。
その顔が宙にゆらりと浮いていた。

「なんでぇ、物の怪かい!」

顔の後ろに白く長い首が蛇の様に揺れる。
流園の額に汗が流れた。
この懐の匕首でどうにか出来るものか、、

降りしきる雪が心地よい。
これが無ければ頭に血が昇り、落ち着いては立ち振る舞えまい。

さて、どうする!?

流園が腰を落とし顔の出方を伺っていると、、

「無粋だなあ!恋仲がいる相手を垂らし込もうなんて
 よお!いい迷惑だぜ!」

そう声を出した男が走り込んで来た。
そして何やら棒の様な物を下から上に打ち上げた。

「あいたあー!!」

浮いた顔が更に高く飛び跳ね、また同じ速さで戻ってくる。

そりゃあ、そうだ!
首は繋がってる。
子供の玩具みたいな様よ。

戻ってきた女の顔、その右の顎の下が紫に腫れあがっている。

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「何て事すんだい!女の顔に!」

白すぎる肌が仇となり、その腫れの酷さが際立つ。

「河童に天狗、今度は何よ!?
 女ったって物の怪だろうが、もう江戸に出てくんじ
 ゃねえぜ!」

「うっせえわ!覚えてやがれー!」

捨て台詞を喚きながら顔は、ヒュルヒュルと首に引かれながら夜に消えて行く。

こうして流園は勇也と出会う事となった。


つづく




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