老獪望郷流れ小唄 9

「そいつはぁ、あたしの出番じゃあないねぇい。だっ
 て斬れないだろうさ。」

「確かに、それを言えば俺も同じだな。」

「いやいや二人して諦めねぇでくれよ。」

松方澪と柳生宗矩は口を合わせて言う。
昼間、鉄斎の書状を屋敷に届けた折、宗矩は留守だった。その後中身をあらためてから、澪を連れて信幸の屋台までやって来たものだ。

「諦めるも何もさぁ、、」

「斬るより他の手がいるが、どうだ鉄斎。」

中山鉄斎は出された酒を一息に飲み干した。

「お見事で御座んす。」

「ねえ鉄斎さん、天狗の時みたいな奇策は無いの?」

屋台の常連であり、子泣き爺に出会してしまった佐納流園と雪も話に加わっている。

「ん?旦那もお雪ちゃんもさぁ、、んーまぁ無くはね
 ぇんだがぁ、、どうやったもんだかなぁ、、」

「歯切れが悪いじゃないか。らしくもないねぇ。」

「姉さん、考えてもみて下さいよ。そんなもんは川に
 沈めちまうのが一番でしょうよ。」

「何だい、策があるんじゃないかね。」

澪がしれっとした顔で鉄斎に言い放つ。

「だからぁ、問題はどうやって?なんでさあな。」

「ああ!あっしと良源先生の二人掛かりで、やっと向
 きを変えられたくらいで御座んす!」

「そ!そうなんだよ。どうやって川に運ぶ?」

「あーあれは泣けば泣く程重くなるんだからぁ、張り 
 付いてきたら全力で川に飛び込みゃあ、、」

勇也が膝を叩いたが、話の腰を雪が折る。

「待ってよ、勇也!」

「何だよぉ、お雪ちゃん。」

「それって、、どうやって剥がすの?そのままだと一
 緒に沈んじまうだろ!」

「あ、、、」

「馬鹿だねぇい。」

「すいません、澪さん。うちの勇也が思い付きだけで
 喋るもんだからぁ。」

そこに酒を持った美代が来て、呆れ顔の澪にしきりに頭を下げる。

「じゃあ、どうすんだよ。」

口を尖らせた勇也がごねた風に言う。

「だから、どうやるかって言ってんだろ、勇さん。」

「穴掘って腕だけ下げて、水を入れちまいますか?」

「いや流園さん、それでも腕がもげちまうかもしれね
 ぇし、そもそも腕に取り付くとも限らねぇや。」

「はあ、確かにで御座んすなあ。」

皆で様々に知恵を絞るが、話は一向に纏まらなかった。

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「先生様ぁ、今日はおらの方なんだあ。すまんの。」

「定さんの方かい?どうなさったんだい?」

その少し前、夕暮れ時を待つ辺り。
診療所に戻った良源を迎えたのは、戸口に座り込む定爺さんだった。

「婆さんの散歩に付き添ってたんだけど、すっ転んじ
 まっての。足をやっちまってぇ、、」

「そいつはいけない。さあ上がっておくれよ。」

お咲は腕の骨折で診療所を休んでいる。随分とひとりで待たせてしまったかもしれない。そう思い、早速中に通して足を見せてもらう。

「ん!こいつは酷いな。転んだって言ったかい?」

「んだ、なぁ、転んでぇ、ちょいと土手を転げ落ちち
 まったんでのぉ。」

「そうかい、転げたトコに石でもあったかい。」

「あ、ああ!何か足に当たった気がしたでの!」

「じゃあ、そうだね。まだ江戸の川沿いは整っていな
 いからね。」

「山暮らしだったもんで、川沿いが珍しくての。つい
 調子にのって歩いちまうんだの。」

「あー分かるね。おお、骨は折れてないね。今日はこ
 の膏薬を貼って巻いておこう。」

「あっ冷やっこいのぉ、良くなりますかいの?」

「二、三日もすれば腫れが引いて楽になるさ。」

そして数枚の膏薬を渡して、それが無くなったらまた来るようにと告げた。診療所の中にほんのりと膏薬の香りが広がっていた。

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「だからよ、人じゃなくて何かぁ、、棒切れとかに引
 っ付けてよぉー。」

「勇也ぁ、堂々巡りだよ!皆さんに迷惑かけない!」

「だってよ、美代。」

膨れっ面の勇也に美代は優しく笑いかけ、諭す様にゆっくりと話す。

「だからね、どうやってやるの?」

「あ、、あーそれはなあ、、」

その様を見て澪が堪らず笑い声を上げる。
もはや母親だねと。
それには流園や雪も思わず吹き出してしまう。
宗矩でさえ、口の端で笑っている。
鉄斎はそんな光景を見て、煮詰まった頭を一旦忘れた。

「面白いもんだなあ。この顔ぶれで物の怪退治の話な
 んざぁ、思いもしてなかった。最初は幕臣方ばかり
 だったってのによぉ。町の者はたまに突拍子も無い 
 事を思い付く。それで何とかなる時もあるんだか
 ら、色々考えつく頭が多いってのも力になるもんさ
 ね。」

さて、とはいうものの、どうしてくれようか。
鉄斎は再度、唇を噛み締めた。


つづく






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