思慕一途柳問答 10

皆さ、勇也を誤解してるよね。
勇也は大胆だし決断力もある。
判断は早い方だと思う。

でもさ、この人は意外と繊細なのよ。
だから物凄い早さで色々考えてる。
そして決めてる。

口では何と言ってても、約束した事は守る。
守れないとひどく落ち込む。

あたしがろくろ首に関わるな!って言ったから、今回はそのつもりに決めてたんだね。

だから澪さんが屋台に来た時、嫌な顔をしてたんだ。
深入りすると放っておけなくなるって、自分で分かってたから。

流園さんの事なら大丈夫か?
そんな風にちょっと迷ってから、やっぱり放っておけなかったんだね。

それが、こんな事になっちゃって、、
あたしに済まないと思ってるんだ。
ちゃんとあたしの事を思ってくれてる。

それにね。
他の人になら落ち込んでるトコは見せない。
他の人の事なら外で落ち込んで見せない。
歯を食いしばって一人になるまで我慢するんだ。

そんなにしくじった!と思ったんだね。
勇也、、、

美代は自分の胸に頭を預ける勇也を見ながら、そんな事を思った。

澪さんのいい人は、澪さんだから頼る。
勇也が頭を任せるなんて、絶対にあたしだけだ。
どんなに落ち込んでも、他の女になんかするもんか!

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

そんな二人の向こうでは、松方澪と佐納流園が話し込んでいる。

「あっしに何かお役に立てる事が御座んすか?」

「立ってもらうしかぁないやぁねぇい。
 ろくろ首はあんたらを始末してからじゃないと、も
 う動きゃあしないだろうさね。」

「お引き出すんで御座んすね。」

「あんた、この前ここで話してたけど、女形なんだろ
 う?」

「へい。」

「ひとつそいつを役立てておくれよ。」

「そんなんでお役に立てるってんなら、お安い御用で
 御座んす。」

「繋ぎはまたつけるが、用心しとくれよ。」

「へい。じゃあ今宵はこれで。
 、、、ところで姉さん。」

「何だい。」

「いやぁ、姉さんも芝居をしてなさったのかと、、
 不意に気になりやしてね。」

澪は少しだけ眉を動かした。

「姉さんのその喋り。
 何か本性みたいなもんを隠すのに使ってますやね。

 気が入ると口振りが変わりやす。」

澪は表情を変えなかった。

「そうかい。あんたも表と裏を見てきたんだねぇい。

 懐にも刃を忍ばせてある。

 まあ深くは聞きゃあしないがぁねぇい。
 頼りにはなりそうだ。」

「そいつはぁ有り難い御言葉でやさぁ。」

「あたしのいい男の仕事に役立つんだ。
 頼んだよ。」

そう言って頭を下げる流園に、澪は自分らしくピシャリと言った。

あの女が現れた翌日、佐納流園は信幸の屋台に顔を出していた。

澪とはその時に会っている。
袖触れ合うも他生の縁。
それなりに傷を持つ様な連中には、それで分かる事も山程にあるものだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

それから数日、柳の木の下には美しい女の待ち人が現れるようになっていた。

それはまずは女一人。
やがてそこに男が現れる。
寒い江戸の冬の夜だってぇのに、男と女は仲睦まじく時を過ごしている。

互いに手を取り、何やら熱く語り合う。
ああ、陽の下を歩けぬ好き同士といったところか。
いやいや、昼間は仕事に追われるが故の夜の逢瀬かもしれない。

にしても、羨ましい事だ。
ろくろ首が現れてから、めっきりこの柳の下では見られなくなった様よ。

通り過ぎる者が二人をちょいと見る。
ニヤリと口の端を歪め、そのまま足を早くする。

家に帰ればそいつにも温もりがあるんだろうさ。

「とんだ三文芝居さぁね。
 ふざけんじゃあないよ!」

そんな心温まる光景には唾を吐く者もいる。

「旦那様に抱き締めてもらえないってぇのにぃ、、
 見せつけた真似しやがって!

 あんたも失くしちまえばいいのさ!」

それがそもそもの動機だった。
大して力の無い自分には、浮かれた男一人締め殺し、懐の銭を頂くくらいしか出来ない。

でも、男手が江戸から減るのは悪くない。
そんな風に考えていた。

「馬鹿にしやがって!騙されるとでも思ったのかい?
 騙すつもりが騙されろ!ケリつけてやんよ。」

だが今は、自分の可愛いと言ってもらえた顔を腫れ上がらせてくれた恨みだけで見つめている。


つづく



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?