思慕一途柳問答 8

「ひゃっあ!!」

不意に後ろから声を掛けられた女は、やはり素っ頓狂な声を出し小さく身体を飛び上がらせた。

「お妙、、はい。以前はそう呼ばれていましたけれど
 ぉ、、どちら様ですかぁ?」

それから振り返らないままで答えた。

「お妙、あっしの事が分からねぇのかい?」

「あのぅ、誰かと間違えてませんかぁ。今の私を妙と
 呼ぶ人はいませんからぁ。」

そこに堪らず勇也も来る。

「流園さん、どうなんだい?」

「ん、、似てるっちゃあ似てるんですがねぇ。
 甘ったるい鼻に掛かる声も、風邪でも引いたってん
 なら、、何せこの寒空の下で御座んすから。」

「はあ、ハッキリはしねぇ訳かい?
 よお、姉さん!
 ちょいと人を探しているんだ。
 少し顔を見せちゃくれねぇかい?」

女の身体が、今度は目に見えてビクリと振るえた。

「何だい?やっぱり訳有りにゃあ違いないんだねぇい
 、、、」

「でも澪さん、、何か変じゃないですか?
 もし流園さんの探してる人なら、女の方からは分か
 るでしょう。」

「だからさ。訳有りなのさぁね。
 本人にしても、違ってもねぇ。」

澪は意識もせずに腰の柄頭を撫でた。

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「どうかお顔を見せちゃあ、くれませんかい?」

流園の声が勇也の後を追う。

「そんなぁ、、御無体なぁ。訳があってぇ、顔はお見
 せ出来ませんのよぉ。」

女は後ろ姿で、膝を折りながら身体を上下左右に振って拒んだ。

「ああ!この動き!お妙が見せる踊りの姿!
 やっぱりお妙なんだな!
 一体ぇ何があったってぇんだい!?

 おいらを忘れちまったてぇのかい!?」

流園はそう言うと女の肩に手を伸ばす。

「ひゃあぁあー!お離し下さいませぇー!
 私には好いた旦那様がおりますぅ!」

女が更に身を捩って、その手を振り解こうとする。

「何だってぇ!?
 そいつは旅の空で心変わりをしたって事かい!?

 お妙、ちゃんと話してくれめぇかい。」

流園は離れそうな手を更にしっかりと伸ばす。
ついに女が向きを変える。
拒む姿の女は顎を引き俯き加減になる。
そこにあるのは、少し大きい女の上目遣いの瞳。

「やっぱり、お妙じゃ御座んせんか!」

「違いますぅ!私の事は皆、妙姫と呼ばれますぅ。」

「やっぱり何か事情があるんで御座んすね。
 もう大丈夫、あっしが力になりやす!」

流園は今度はしっかりと肩を捕まえた手に力を込め、お妙の身体を包み込もうとする。

「ひゃあぁあぁあー!」

女も今度は身体だけじゃなく、顔も激しく左右に振って逃れようとする。

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「こいつは、どうにも野暮ってもんだねぇい。」

「流園さん、ちょっと落ち着いて!」

この有り様を見ていた澪と勇也が慌てて割って入ろうとする、、その時。

女の首元に巻かれていた布と頭を隠した頰被りが緩み、宙に舞った。

女の顔は下膨れだった。
その上特に、右の顎の下が大きく腫れ上がっている。

「お妙じゃない!」

流園の叫びを女の声が消す。

「何てしつこい連中なんだい!
 私を探していたんだね!?
 こんなに面倒になるなんて!」

「姉さん、ちょっと待ってくれ。手荒になっちまった
 のは、済まなかった。

 ただ俺らは、この人の想い人を探してただけで、姉
 さんを追ってた訳じゃないんだぜ!」

勇也が女を宥めようと前に出るが、それより早く女が身を翻す。

「白々しい!声を聞いてすぐに分かったわ。
 忘れるものかね、私の顔をこんなにして!」

女は相変わらず可愛らしい顔だったが、言葉だけが荒々しい。

「覚えてやがれ!必ずケリつけてやるから!」

そう言い捨てると、小道を駆けて夜に消えた。

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「何?何が起きちゃったのぉ?」

美代は目の前で起きた事が飲み込めない様子。
澪は自然と柄に添えていた手を離して言う。

「はあぁ、なるほどねぇい、、

 勇也!あんたが何で毎回巻き込まれるのかぁ、
 分かった気がするわぁ。」

それは溜め息にも似た、苦笑いだった。


つづく



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