思慕一途柳問答 9

「へえ?どういう事ったよ!?」

訳が分からないのは勇也も同じである。

「あんた、お節介なんだよぉ。
 そうやって目に映る連中に片っ端から関わるから
 当たりを引いちまうって話さぁね。」

「ああ、確かに勇さんは、それだ。」

珍しく信幸が口を挟んだ。
澪がその信幸を見る。

「あんた、武士だったねぇい。」

「お恥ずかしい、、
 身に付いたものはぁ、どうにも。」

「澪さん、何で分かるの?」

美代が心底不思議そうに尋ねた。

「いやぁ何ねぇ。

 その二人が女に声を掛けた時から、その主人は女房
 を後ろに下げた。

 あたしと同じものを感じたからさぁね。」

「俺らが声を掛けた時に感じたぁ?
 美代、何か感じたかあ?」

「ううん、何んにも。」

「澪さんよ、もう少し分かりやすく話してくれよ。」

「町の者にゃあ分からないもの。殺気さぁね。」

「えっ!?
 あの女の人が勇也たちに?」

美代は目を見開いた。

「確かに、、そんなに強くは無かったんですがね。
 だからあの女は振り返らずに、のらりくらりとして
 いたんですよ。」

信幸はそう言いながら、やっと握っていた包丁を離した。

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「そこそこ腕が立つんだねぇい。
 刀は捨てたのかい?」

「俺は、、妻の紫乃と町に生きる事を選んだ。
 武士としては出来損ないですよ。」

「ふぅん。江戸は面白いねぇい。」

澪と信幸の間に特有の空気が纏わりつく。
それは刀という物を持つ者にある探り合う様な気だ。
だがそんな空気も、勇也の叫びが打ち破る。

「ちょっと待ってくれよ!
 じゃあ、あの女は俺らを殺す気だったってぇのかよ
 お!?

 何でえ!?知らねぇ顔だったぜえ!?」

「つまりはぁ、そういう事って合点がいったさね。」

「だから、もちっと分かる様によお!」

「あの澪さん、勇也、、殺されかけてたんですか?」

美代の縋るような目に尋ねられる。

「主人、どう見た?」

「いやあ、上手く逃げようとしたんでしょう。」

「だよねぇい、、安心おし、あの女にとっても今殺り
 合うのは不本意だったのさぁね。」

「話が見えねえ!」

勇也が叫ぶ。

「うるっさいよ!
 勇也!あんた、ろくろ首に会った時にどうしたって
 言ったのさぁね?」

「はあ?」

「得意の得物でブン殴ったんだろうよぉ!
 右の顎ら辺を下からあ!」

「おう!やってやったぜ!」

「えっ!?」

それまで黙っていた佐納流園が口を開く。

「まさか、、顔は全然違いやしたが、、
 あの女がろくろ首!」

「だからさぁね。
 あんたの声を聞いて殺気を出した。

 自分を始末しに追ってきたと思ったんだろうさぁ
 ねぇい。」

「ええ!?
 だってよお!
 だからよお!
 顔が違うんだって!

 流園さん、ほらあ、もっと色気のある細面の女だっ
 たじゃねえかい!?」

「ちょっと勇也!あたし、そんな話聞いてないよ!」

「えぇ、、美代ちょっと待てよぉ、そういう意味じゃ
 なくってよぉ!」

「色っぽかったんだ!ろくろ首!」

「はいはい、お止めよ!
 今わぁ、勇也が正しいさぁね。」

美代の頭をポンポンと叩きながら澪が続ける。

「いいかい、前に話したろう。
 物の怪は術者から生まれる。
 文献や資料を読み、そこに術者の願望も載せてさぁ
 ね!

 あの下膨れの女は細面に生まれたかったんだねぇ。  
 おまけにあの素っ頓狂さとくりゃあ、術者として
 は力量が無さ過ぎて実体を切り離せてない。

 つまり今度のろくろ首は、あの女自身を術が変えた
 姿って事さぁね。」

「ええ?ええっー?

 俺はよぉ、流園さんの想い人じゃねぇかと思ったか
 らよぉ、、ただそれだけだぜぇ。
 なのによぉ、ろくろ首かよぉ、、
 美代にも関わるなって言われてたのによぉ、、、」

「勇也ぁ、、仕方ないよ。あたしだって、こんな事に
 なるなんて思わなかったもん。

 うんうん、勇也は悪くない。」

美代が勇也を慰める。

「とは言うものの、ろくろ首は今度はあっしらを狙っ
 てきやすぜ。」

「だねぇい。
 だからさぁね。

 あんたらにも腹は括ってもらうよ!」

澪は流園の目を見てから、美代の胸に額を埋める勇也を見た。
その頭を美代が優しく撫でている。


つづく 




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