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Musées de la ville de Rouen、Claude Monet 、“Portail dela Cathedrale de Rouen” (1894)

モネはルーアン大聖堂の連作のために1992年、1993年の二度に渡りルーアンに滞在している。成果として33枚の傑作をものにするが、この連作はそれまでのポプラ並木、積み藁の連作以上の難産であったようだ。この年に結婚したアリス・オシュデ宛ての手紙に「ある夜、悪夢にうなされた。大聖堂が僕の上に崩れ落ちてきた。青やばら色や黄色の石がふってくるのが見えた。」とある。その苦労の跡は、画布に塗られた絵の具の層が他の作品と比べても格段に厚いことからも見て取れる。
上に塗られた絵の具が下層の絵の具が完全に乾き切ってから塗られており、それだけ時間をかけ、推敲を重ねていたのだろう。(実際に作品はルーアンを引き上げた後、ジベルニーのアトリエで仕上げられている。)
マチエールをよく観察すると、乾いた絵の具の凸部に色調の異なる色が重ねられ、凹部の下層の色が表面に表出している。このことが、筆触分割と同じ効果を生み、モネが目指した“光の効果”を表現する手立てとなっている。
苦労の甲斐があって、その後、デュラン・リュエルの画廊での展覧会で20作品が展示され大成功を収めることになった。オシュデとの結婚、積み藁の連作(1991年)に続く展覧会の成功と、公私共に充実した絶頂期の作品といえるだろう。

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