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もうひとつの世界23  箱の招待状


箱の招待状

 パパとママが、またけんかしている。
 どなり声が、ぼくのへやまできこえてきた。
 ぼくは、どこかに消えてしまいたい。
 目と耳をふさいでうずくまっていた。
 じっとしていると、時間だけがすぎていく。
 しばらくすると、きゅうにしずかになった。
 あれっ?
 ゆっくり目を開けると、ぼくは、透明な箱の中にはいっていた。
 なんで?
 高さ1メートルくらい。ふれるとゼリーのようにプルプルゆれる。
 居心地のいい空間。
 ぼくをまもってくれているんだ。
 気持がおちついて、悲しい気持がぼくの心から抜けていく。
 ずっとこのまま、箱の中ですごしたかった。
 ママがぼくを呼びにきた。
「健斗、話が・・・、あれ、いない?」
 ぼくは、黙って透明の箱の中から、ママをみあげた。
 ぼくが見えないの?
マ マは気づかない。ぼくを探していたが、そのまま部屋をでていった。
 ぼくが箱の中で立ちあがると、透明の箱も、ぼくの背丈とおなじように伸びた。
 中にはいったまま歩けるんだ。
 ぼくは、黙って家のそとにでた。
 あれっ、だれもぼくにぶつからない。
 人も、自転車も、車もみんなぼくを通りぬけていく。
 ぼくは、ちかくの神社に歩いていった。
 すると、祐樹くんと、いじめっ子の大和くんがいた。
 かわいそうに、祐樹くんがおこずかいをとられそうになっている。
「もってないよ。まだもらってないよ。」
「うそつけ、ちょっとポケット見せろ。
もし嘘ついてたら、全部もらうからなあ。」
 祐樹くんは、あわててポケットをおさえた。
 祐樹くんをたすけないと。
 大和くんがよこを向いたすきに、ぼくは祐樹くんを透明の箱の中にひっぱりこんだ。
 大和くんが、あわてて祐樹くんをさがしてる。
 祐樹くんも、何が起こったのかわからず、ポカンとしている。
「えっ、健斗くん、いつきたの?」
「ずっと、そばにいたよ。」
「ほんと?あれ、大和くんなにしてるの?」
「大和くんにはぼくたちが見えないんんだ。」
 ぼくは、祐樹くんの手を引っ張ると、神社からでていった。
「たすかったよ。ほんとうは、ぼくおこずかいもってたんだ。」
 祐樹くんが箱からでると、不思議なことに、祐樹くんも自分の透明な箱の中にはいってた。
 透明な箱がふたつになった。
「これなら、大和くんにみつからないよ。」
 祐樹くんは透明な箱にはいったまま、家にかえっていった。
 ぼくはまだ家に、かえりたくない。
 ずっと透明な箱にはいったまま、公園のベンチにすわってた。
 透明の箱から出ようと思えば、いつでも出れた。
 でも、今は、この透明な箱の中で過ごしたかった。

 次の日、小学校にいくと、透明の箱もぼくのうしろからついてきた。
 かってに教室の隅にすわってる。
 びっくりした。
 透明の箱がほかに三つもあるんだ。
 ひとつは祐樹くんの・・・。
 あと二つは?
 ぼくは、休み時間もずっとみはってた。
 すると、透明の箱は美和くんのあとをついていった。
 美和くんはおとなしい男の子。
 パパもママもいない。おじいちゃんと暮らしている。
 美和くんが透明の箱をもっていたなんて、おどろきだ。
 もうひとつは西野さんだった。まえは活発で元気な子だったのに、仲の良かった女の子たちと喧嘩して、仲間はずれにされてから、さみしそうに、ひとりでぽつんとすわってる。
 ぼくは、さきに美和くんに声をかけた。
「後ろの透明の箱は美和くんの?」
 窓際の席でぼんやりしてた美和くんは、びっくりして、ぼくをみた。
「みえるの?」
「みえるよ。ほら、ぼくももってるんだ。」
「あれっ、四つもある。」
「そう、祐樹くんと、西野さんのもあるんだ。」
 ぼくは、祐樹くんをよんだ。そして、ぽつんと一人で座ってる西野さんにも声をかけた。
 四人だけが透明の箱をもっていた。
「どうして、四人だけなの?」
 西野さんがたずねるが、だれにもわからない。
 放課後、ぼくたちは、しぜんと校舎の隅にあつまった。
 三人は、透明の箱のまま、ぼくの箱に入ってきた。
 箱は一人はいるたびに、大きくなった。三人がはいっても、やっぱり居心地がよかった。
 ぼくたちは、不思議な気分につつまれた。
 そのとき、突然、透明の箱が音もなくすーともちあがった。エレベーターのように、ゆっくり空の上にのぼっていく。
 なんで?
 ふしぎと恐さはなかった。
 地上の建物がゆっくりと小さくなっていく。
 透明の箱は空に向かってどんどん上がっていく。
 ついに真っ白い霧の中を通りぬけ、雲のうえにでた。
 すると、白い服を着て、白い帽子をかぶった男の人が、ぼくたちをまっていた。
「よくきたね、まっていたよ。ゆっくり見学して、それから決めるといいよ。」
「えっ、なにをきめるんですか?」
「ここに住むかどうかだよ?」
 そういって、ぼくたちを案内してくれた。
「どうして?」
 白い服を着た男の人は、ほほえんだ。
「君たちは、ここに招待されたんだ。
 ここに住み権利をあたえられたんだよ。」
 会う人は、みんなしあわせそうで、居心地よさそうにほほえんでいる。
 しずかな、ゆったりとした時間がながれている。
 天国にいるみたいだ。
 でも、時間がたつと帰りたくなった。
 なにかものたらなくて、不安だった。
 パパとママが心配している。
「ぼく、かえります。」
 男の人は、意外そうな顔でぼくをみた。
「ほんとうに?」
「ぼくも。」祐樹くんもいった。
「あたしも、そろそろかえらないと。」
 西野さんもうなずいた。
 美和くんだけは、だまってうつむいていた。
 案内してくれた男の人は、残念そうに、ぼくたちの前にあの透明の箱をだしてくれた。
「ほんとうに、かえりたい?」
 もういちどきいてきた。
 ぼくはうなずいて、透明の箱の中にはいった。祐樹くんも、西野さんも続いてはいってきた。
 でも、美和くんは、たちどまっていた。
「ぼく、ここに残る。」
 ぽつりといった。
「えっ、どうして?」
「パパとママに会えた。」
 やさしそうな女の人と、男の人がうしろの白いベンチのよこにたって、美和くんをまっていた。美和くんは、うれしそうにふりかえった。
 そうか、パパとママがいたんだ。
 ぼくたちは、三人だけで地上にもどってきた。透明の箱からおりると、箱はゆっくりと消えていった。

 次の日、美和くんは小学校にこなかった。
 その次の日、教室にはいってきた先生が、
「みんなに、悲しい知らせがあります。
 美和くんが、亡くなったそうです・・・。
 なにか知っているひとがいたら、先生に知らせてください。」
 祐樹くんと西野さんが、ふりかえってぼくをみた。
 ぼくは、黙ってた。
 心の中でそっとつぶやいた。
 美和くんは、悲しんでなかったよ。
 教室にいるときより、ずっと嬉しそうだったよ。


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