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もうひとつの物語の世界 17 のどか村の 甚平さん 1/3

のどか村の 甚平さん 1/3

 
 空家だったじっちゃんの古い家に、大上(おおかみ)甚平(じんべい)さんが、引っ越してきました。
「甚平さん、いる?」
 おどろん子が家の中をのぞきこんでいます。
「いるよ。あがっといで。」
 家のおくから、声がとんできます。
 おどろん子は、陽あたりのいい縁側にまわりこむと、いつものように、ちょこんと広い縁側に座りました。
 甚平さんは、座敷机にむかって、書きものをしています。
「また、売れない童話を書いてんだ。」
 おどろん子は、クククと笑っています。
「売れないだけは、よけいだろう。」
「だって、甚平さんが自分で言ったんや。」
「まあ、たしかに言ったけどなあ。」
 頭をかいて笑っています。
 空家になったのどか村のじっちゃんの家に引っ越してきてまだ3カ月、ひとりで童話を書いて過ごしています。
 おどろん子は、ニコニコして、  
「甚平さん、今夜は大満月や。」
「そうか、じゃあ約束どおり連れていってくれるか?」
 まえに、おどろん子から聞いていた『大満月の昔祭り』が今夜開かれます。
「うん、いいよ。それで、じっちゃんの尻尾をさがしにきたんや。」
「じっちゃんの尻尾?」
「たしか、亡くなったじっちゃんの尻尾が、押入れにあるはずや、ちょっとさがしてみる。」
 おどろん子は、さっさとあがりこむと、押入れのなかをガサガサ、ゴソゴソさがしはじめました。
「あった!」嬉しそうに、両腕に尻尾をかかえて でてきました。
「ほら、これがじっちゃんの尻尾や。」
「へー、なんの動物の尻尾かな?」
 甚平さんは、目を丸くして驚いています。
「そやから、じっちゃんの尻尾なんや。」
「『昔祭り』にこの尻尾がいるのかい?」
 するとおどろん子は、嬉しそうに
「いるよ、甚平さん、いちどつけてみて。」
 しぶしぶ甚平さんが、立ち上がって、尻尾をつけると、
「うん、これなら大丈夫や。それじゃあ、大満月が夜空にのぼったら、むかえにくるから。それまで尻尾になれといてや。」
 そう言って、おどろん子は、さっさと山にかえっていきました。
 おもえば、不思議な子です。ある日、ひょっこりあらわれて、いつのまにか甚平さんになついていました。
 
 やがて、暗くなった山陰から、大満月がのぼってくると、約束どおりおどろん子があらわれました。
 みれば、おどろん子も、満月色のかわいい尻尾をつけて、頭のてっぺんには、髪飾りのように小さな角がでています。
「かわいい鬼っ子やなあ。」
 甚平さんが、からかうと、
「ふだんはかくれてんねんけどなあ。満月の夜になると、どうしてもでてくるねん。」
 仕方なさそうな顔で、はにかんでいます。
「かわいい角と、かわいい尻尾のついた鬼っ子か。わたしは大好きだよ。」
 甚平さんがほめると、おどろん子はニコッとして、笑顔がもどってきました。
「はよいこ。『昔祭り』は、もうはじまってる。」
 明るい大満月の光が、山の頂上に続く夜道を照らしています。
 ふたりは、夏虫の鳴き声をききながら、山道を登っていきました。

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