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「重症化しない」危険性について

既に述べたとおり、ワクチンの狙いは「(ワクチンで産生された)中和抗体がスパイクに結合して細胞への侵入を阻止する」、つまり「感染を防ぐこと」にあります。

「ワクチンもどき」の接種が世界規模でスタートし、接種者の「ブレークスルー感染」が確認されたころから、「専門家」の説明が「このワクチンは感染を(完全には)防げないが、重症化を抑える効果がある」という話に変わってきました。ヤフコメなどを見ると、多くの一般人がこの「変節」を、おかしいと思わずに受け入れているようです。

ワクチンが「感染予防」を目的に開発される以上、「感染を防がないワクチン」という言葉自体が著しく矛盾しているわけですが、私は「重症化を抑える」という部分がどうしても腑に落ちず、この間ずっと頭を悩ませてきました。

「ワクチンもどき」の「副次的効果(本来の目的ではない)」により細胞性免疫が活性化し、感染した細胞を破壊することで症状の進行(重症化)を防いでいる、というのが「専門家」の説明です。
言い換えれば、「運がよかった」「ラッキー!」ということになります。所期の目的である「感染予防」はできなかったけれど、想定外に「重症化を抑制」できたことになるからです。

でも、ちょっと待った。
本当に手放しで喜んでよろこんでいいのでしょうか。

「重症化しない」というのは、恐らく「ひどい症状が現れない」という意味でしょう。これが、「最初の感染細胞から周囲の細胞にウィルスが拡散しない(増殖を防ぐ)」ということなら、確かによいことです。それ以上ウィルスが増えなければ、体はすぐに回復へと向かえるからです。
しかし、「症状が現れない」という現象には、まったく別の機序(メカニズム)も存在します。

それは「免疫がウィルスを異物と認識していない」場合です。

私がひっかかっていたのが、まさにこの点です。発熱や咳、下痢などの「症状」は、免疫が働いているあかし。体内に侵入した異物を撃退し、排除しようとしているのです。それが起こらないということは、「免疫が正常に作用していない」おそれもあるわけです。

本来は「有害な異物」のはずのウィルスを、自己細胞の一種あるいは「無害なもの」と「誤認」し、いくら増殖しても攻撃しない。
これを「免疫寛容」といいます。

感染者は、何の症状(熱や咳など)もないので健康体と勘違いし、元気に街を歩き回るでしょう。実際は「ウィルスの袋詰め」状態と化しているのに。
この感染者からは多量のウィルスがばらまかれ、「クラスターの発生源」となり得ます。事実、そうとしか考えられない事例が幾つも発生しています。
また、ウィルスがどんどん増殖して体内を蝕んでいることに気づかず、ウィルスの総量がある閾値を超えたとたん、いきなりどっと症状が出現し、すでに手遅れ、というパターンも考えられます。
「重症化しない」からと喜んでいる場合ではないのです。

第何波のときだったか、「無症状から突然死する」ケースが複数報告されましたが、この「免疫寛容」が原因ではないかと私は疑っています。症状がないせいで、本人もまったく気づかぬうちに重要な臓器をウィルスに侵されていた、というわけです。

このように、「重症化を防ぐ」ワクチンが、逆に「最悪の事態」を生じさせている可能性をじっくり考慮・検討すべきです。

当初、この「ワクチンもどき」は「他者のためのワクチン」と宣伝されました。有名人を起用した「大切な人を守るために接種を」とのCMを何百回も目にしましたが、実態は正反対。

●自分は重症化しないが周囲にウィルスをばらまくワクチン

●自身の命が削られつつあることに気づかせないワクチン

これが今回の「ワクチンもどき」の正体です。
「他者のため」「大切な人を守るため」どころか、結果的には「自分だけ助かればいい」という究極の「エゴイズム(利己的)ワクチン」だったということです。


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