図書館という場所

図書館に通い始めたのは大学生になった頃だった。
普通は受験勉強などで地元の図書館などに通うのだろうが
文字通り入り浸る、足しげく通うということはなかったと思う。
入学した大学は、校歌に「原野をひらき」と大げさな歌詞のあるとおり
広大なキャンパスに3つの図書館を持っていた。
ひとつは医学の専門図書館だったのであまり訪れることはなかったが
あとの2つは、隅々まで探訪し、それぞれにお気に入りの場所を見つけ
夜10時まで開館していたこともあってよく訪れた。

それぞれの図書館は、特徴があった。
メインの図書館は新しく(当時は)、
地上5階建の開架式で地下は電動の書庫となっていた。
書棚の間をさまよい、個室ブースや机、テーブルやソファなどがあり
好きな場所で本が読めた。


もう一つは、この大学が都内から移転した際に
いわゆる文化系学部はもめたらしいのだが
そんなことはいとわずにさっさと移転してきた学部に関連する図書館で
こちらの方が少し前に建てられている。
自分の専攻の講義のある棟からは少し遠いが、寮の部屋への帰り道にあり
林を望む大きな窓の傍らに、座り心地のいい椅子があって
そこでメインの図書館にはない雑誌やデザイン・美術関連の大型本を
のんびり眺めるのがお気に入りだった。


卒業して、図書館は遠くなった。
何しろ北関東の、最寄り駅からバスで50分の場所である。
(今はもっと便利になったが・・)
学友と離ればなれになるのも辛かったが、
これほど恵まれた場所ーー大抵いつも開いていて
ふらりと立ち寄れて、空調もきき眺めもよく居心地のいい椅子がある。
なんとなくぼうっとしていられるし、なにより静か。
雑誌も読み放題。本は専門書が多いけれど。
そんな場所が、そうあるものではない、と気づくことになる。


仕事先の近くの区立図書館は、昼休みにあたりを探索するうちに見つけた。
コンパクトながら市井の図書館らしい本もあり、そこそこ固い本もある。
書棚にない本は、リクエストするということが出来るらしい、と知る。
大体は、週に2度ほど昼休みに駆けていき、
読みたい本を4,5冊借りて戻ってくる。
当時は都内まで片道1時間半ほどかけて通っていたので
会社のロッカーに本を入れ、帰りがけに1冊を選んで
朝よりほんの少しましな通勤電車に乗るのが日課だった。
例えば好きな作家の新刊や、書評で見かけて気になった本、と
読みたい本は手軽に読むことが出来たし、かなり高価な本も
リクエストすることで購入してもらうこともできた。
中央区は予算は潤沢だったのだろう。
頻繁に通い、しょっちゅう読みたい本をリクエストしていたせいか
カウンターの前を素通りした時に呼び止められて
「リクエストの本がはいっていますよ」といわれたときは
すっかり面が割れた、と思ったことを覚えている。


こちらも仕事を変えるタイミングで疎遠になった。
懐かしくて何度か、そのあとも訪ねることはあったが、
返しに来る手間を考えると本を気軽に借りることはできなくなり。
そのうち、小学校と一緒に複合ビルに入ったところまでは確認したが
すっかり縁が切れて今に至る。


次の仕事先には、徒歩圏内に図書館がなく
3年後に異動した所属では同じ敷地内に古い図書館はあったが
どうしてだか、通うことはなかった。

明るく、静かで、誰が来ても拒まない。
多くの本が並び、その間をさまよい歩きながら思ってもみないものとの
出会いがある。
座り心地のいい椅子があって、窓が大きくて景色がよくて
何かを探しあぐねたら、頼りになるレファレンスの係がいる。
例えば改修が終わったあと、素敵な椅子が窓辺に並んでいた
日比谷図書館みたいな場所。居心地のいい広場のような。
どうやらそれが、私が居着くことになる図書館の特徴らしい、と。


例えば、欧州の修道院の図書室。
高い天井には天井画が美しく描かれ、
稀覯本を含めて収蔵されている本は、はしごをたてかけられた高い書棚に
重厚な雰囲気でどっしりと納められている。
建物や空間それ自体が美術品、収蔵する本自体も。
考えてみれば、日本にはそういう伝統を感じさせる場所はあまりない。
例えば、和綴じの本?
収蔵があったとしても、研究者や作家の資料として使われるイメージ。
日常的に手に取ることも少ないだろう。


それよりも、もっとずっとカジュアルで
気になった本をすっと手に取り、椅子に腰掛けて、ぱらぱらと眺めながら
なんとなく午後の時間を過ごしている。
そんな場所が自分にとっては必要で、好きな場所なんだな
と最近改めて思う。







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