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SS[仮想現実]

時代は進化した。
今や車が空を走る。宇宙人が発見され、人類は月に旅行に行くようになった。

バーチャルリアリティも進歩し、我々の世界は、リアルの中に自然とバーチャルが溶け込むようになった。

VRは進化し、眼鏡に映像が映し出され、AIを通じて目線だけで情報を検索できる時代になった。

だが、我々、研究者が目指しているのは、リアルに溶け込むバーチャルではなく、バーチャルこそがリアルとなる世界の実現である。

脳内の電気信号を解明し、回路を繋ぐことでコンピューターの世界で自由に生活できる。まるで映画マトリックスのような世界の実現こそが、我々人類が追い求めてきた壮大な夢なのだ。

そして、それはあと一歩のところまできている。

我々はコンピューター上にある仮想空間を作り出し、ラットの脳とリンクさせる実験に成功したのだ。

ラットの脳をコードで繋ぎ、仮想空間にリンクさせるとラットは眠りに入る。その間、脳内は機能が活性化するようで、通常の何百倍もつまり、脳が機能しているということが分かった。

これは大発見である。仮想現実上では、脳の機能が活発化し、即ち、頭の回転が早い天才、超人になれるということだ。

確かにマトリックスの世界でも、銃の玉を避け、何なら超能力で玉を止めることだってできた。

技術が進歩すれば、我々は仮想空間で自由に超人として生活することができるようになる。

そうして、我々の研究は進み、いよいよ臨床実験をすることとなった。ただ、脳とコンピューターを繋げる非常に危険な実験ゆえに、被験者探しに難航した。

実験は、仮想現実に10秒間、アクセスするというものだ。

リスクのある実験ゆえに、被験者が集まるか不安ではあったが、実験の報酬を100万円として、募ったら、意外にも直ぐに集まった。

今回は、その中から3名を選出し、同時に同じ空間へ飛ばすこととした。

彼らは皆、仮想現実で超人になれることを楽しみにして実験に挑んだ。

スイッチは押され、被験者3人は仮想現実へ飛ばされた。

同時に10秒間の脳の測定がなされ、はやり通常の何百倍の量の電気信号が測定された。

10秒後、装置を外しても被験者たちは、暫く眠り続け、起こしても意識を取り戻すのに時間がかかった。数時間の後に、彼らは目を覚ますが、目線は定まらず、一言も発することは無く、またぴくりともせず、無心で瞬きをするだけな状態であった。所謂、植物状態である。数か月間、辛抱強く介抱し、語り続けても彼らは回復することは無かった。

実験は最悪な結果を招いたのだ。

数百倍の電気信号が彼らの脳を焼き尽くした可能性が示唆された。ならば、もっと接続時間を短くすれば、何とかなるのではないか?そう思っても、今更、実験をやり直すこともできない。我々は、自分達が犯してしまった過ちを悔いる他ないのだった。

我々は、自らの思慮の浅さに絶望し、人を植物状態にしてしまったことを悔やんだ。恐らく我々は、裁判にかけられ、マッドサイエンティストとして終身刑や死刑を宣告されるに違いない。

どうせ、刑を科せられるならば科学の発展に貢献して死にたい。仮想現実の実現の為に自らの命を尽くしたい。我々は次第にそう思うようになった。

そうして、密やかに研究は再開されたのだ。

まずは、接続秒数を減らす実験。5秒ではダメだった。1秒でもダメった。

0.1秒でもダメ。0.001秒でもダメだった。

もはや絶望に近いが、我々研究チームの人数だけ実験を続けた。

0.000000000000000001秒まで来た。残るは私一人。

接続装置を自らに取り付ける。

ボタンを押すとセッティングした時間だけ仮想世界へ繋がることができる。

私は、周りで倒れている仲間たちを見つめ、泣きながら震える手で、そっとスイッチを押した。

…どうだ?

あれ?意識がある…成功だ!私は衝撃を受け、歓喜した。

我々が死ぬ気で、命懸けでやってきたことに意味はあった。

そう思った。

この仮想世界は、できるだけ負担を掛けないように何もない状態である。

唯一あるのは、仮想世界での意識の受け皿である身体のみ。

地面も空も太陽も光も水も空気も何もない。

だが、仮想世界ゆえに、何もなくとも存在し得るのである。

私はまず、イメージをした。

頭の中で、明かりを灯したり、地面を創造したが、この世界では特に変化なしだ。

足や手を動かしてみても、特に何も起こらない。何も掴めないし、何にも触れられない。

ただの無である。だが、私はあきらめず、出来るだけ多くの知見を得て、研究に役立てようとあらゆることを試みたが、特に何もなく終わった。

もうずっと、ばたばたと身体を動かしているが、疲れることもなく、意識もはっきりとしている。これは凄いことだ。やはり、仮想世界には無限の可能性がある。

だが、おかしいことがある。

もう相当、時間が経っているように思えるが、未だに現実世界へ戻されない。

何もない状態で、時間間隔など無いが、少なくとも数十分はじたばたしているように思う。

本来ならば、一瞬で私は現世へ戻るはずだ。機械の故障か?もう戻ることはできないのか?急に恐怖心が芽生えるが心拍数が上がることは無く、ただただ考えることしかできなかった。

次第に、恐怖すらなくなり、時間経過を図るために、ひたすら秒数を数えるようにした。

34865、34866、34867………


15364432621、15364432622、1536443263……


1434718957895719875891、1434718957895719875892、1434718957895719875893…


ぷつん…

ある時、何かが途切れ、何も考えなくなった。無である。

…ぃ

…ぃ

「おい!」

「おい!おい!」

「先生!目覚めました!」

「よくやった!大丈夫か?」

自然と瞼が開いた。

だが、何千年か分からないが長い間、考えることを辞めた男は、身体を動かすことも言葉を発することも忘れていた。

男はそっと、目を閉じた。

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平凡なサラリーマンの創作短編集です。気楽にどうぞ。

ショートショート集です。 高校から今までちょこちょこ作ったショートショートを載せています。 人気があれば随時、更新していきたいと思いま…

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