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【ショートショート】視力回復

私は、生まれつき目が不自由であった。

子供の頃はそれでも物を見ることが出来ていた。しかし、成長するにつれ、目が見えなくなっていき大人になる頃にはすっかり目が見えなくなっていた。

両親は、日本全国駆け回り、私の視力回復のために尽力してくれた。両親は、私のために人生の全てを捧げたのだ。日本屈指の医者は勿論、最強の魔術師や霊能力者、サプリメントや目のマッサージ、何でも頼った。頼りに頼り、頼りきって失明したのだ。

失明というのは、五感の1つを失うことで健常者からしたら、到底、生活できない程、重要なことである。だが、私は幼少期から目が悪く、見えない世界に非常に慣れていた。尚且つ、私は事前に医者からの宣告を受けていたから、失明に対する準備も覚悟も出来ていた。当然、それを回避できることなら回避したかった。でも、それはもう叶わないという事も半ば分かっていた。そうして失明したのだ。

だからといって、以前同様に生活出来る訳ではなかった。以前は、度の強い眼鏡を掛ければ、少しは世界を見ることが出来た。また眼鏡が無くとも光を感じることは出来ていた。失明するのとは、全く異なる。失明は全てが無い。無の状態が只管続くのだ。これは、失明した人でなければ分からない感覚であろう。日常生活の不便さは何とかなるにしても、失明したという事実が私と両親の心を深く沈めた。

そんな時だった。藁をも掴む我々に、1つの希望が飛び込んできた。それはまだ実用化には至っていない治験段階の最新科学技術で、上手くいけば失明した状態からでも視力回復を図る事ができるそうだ。今なら治験ということで、無償で実施してくれるそうだ。

当然、我々はその治験者として治療を受けることにした。手術自体はあっという間で、1時間も掛からずして完了した。結果は徐々に現れるということで、術後、期待で胸が弾み暫く寝られなかった。

変化が起きたのは、次の日だった。
朝、目を覚ますと陽の光を感じるのだ。
まさかと思って飛び起きる。夢ではない。確かに懐かしいあの感覚であった。

両親は涙を流し喜び、研究機関も飛んで喜んだ。これは、歴史的快挙だったそうで、私は数々のメディアに出演し、大人気になった。

話はこれで終わりではない。視力回復は留まることを知らず、最初は光を感じる程度だったが、今では眼鏡なしでも遠くの景色までしっかり見る事ができるのだ。

まさか、こんな事が起こるなんて事実とは小説より奇なりとはよく言ったものだ。世界って素晴らしい。見えるって素晴らしい。

今でも、日に日に目が良くなっている。
裸眼で月のクレーターや人間にくっつく無数の細菌、細胞の一つ一つなど、次第に遠くまで細かく見えるようになってきた。一体、何処まで回復するのかは分からないが、私の目は最早、どの最新の顕微鏡よりも高性能だと言えよう。

いずれは、分子、原子、更には原子核や電子も見えるだろう。どれも初めて見る世界。明日は何が見えるのか楽しみだ。

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平凡なサラリーマンの創作短編集です。気楽にどうぞ。

ショートショート集です。 高校から今までちょこちょこ作ったショートショートを載せています。 人気があれば随時、更新していきたいと思いま…

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