AIの普及と雇用の未来を考えてみた
約10日間、「AIが普及すると仕事が無くなるのか」をテーマに、ChatGPTを相手にディベートの壁打ちをしてきました。
議論をするほどに知識を持ち合わせていないことを痛感し、インターネットで論文を見つけては、日本語に翻訳して読み、その論文をChatGPTに読ませ、またディベートするの繰り返し。
無駄に時間を溶かしてしまいました。
一度区切りをつけるため、備忘録をかねてnoteの記事にしました。
1. AIと雇用の未来についての研究
発端となった論文
「AIに仕事を奪われる」と大騒ぎになったのが約10年前の出来事です。
2013年9月、オックスフォード大のフレイ&オズボーンが研究論文で発表した推計値が発端でした。米国の雇用の約47%がコンピュータ化によって代替されるリスクがあるとされ、賃金と教育レベルが低い職業ほどリスクが高いというものでした。(Frey & Osborne 2013)
この論文をきっかけに世界中の公的機関や民間の研究者の間で「AIと雇用の未来」について研究ブームが巻き起こります。
日本でも(株)野村総合研究所の2015年12月2日付のニュースリリースで、日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等に置き換えられる可能性があると伝えられました。オックスフォード大との共同研究で、日本国内の601業種の職業について人工知能やロボットに代替される確率を試算した結果ということでした。
米国の47%と超えたこともあるのでしょう。日本では49%、ほぼ半分の労働者がAIに仕事を奪われるとメディアで取り上げられ大きな話題になりました。
別の試算では9%!?
実は、フレイ&オズボーンの論文の推計値があまりにも衝撃的だったため、その計算方法に疑問を持つ研究者も多かったようです。
ドイツのZEW研究所のメラニー・アーンツ氏もその一人です。
彼女は、「〇〇という職業(ジョブ)が行う仕事(ワーク)は、1つ1つの作業(タスク)に分解される」という概念を導入して作業(task:タスク)に注目して試算し、コンピュータに置き換わるリスクは9%という試算結果を発表しました。
かなり大きな違いがあります。
この試算結果の違いを解説している論文が日本にありました。
岩本晃一氏(経済産業研究所 上席研究員(特任))は、両者に直接会ってインタビューをしたご経験をお持ちの方です。岩本氏は、「AIが日本の雇用に与える影響の将来予測と政策提言」(岩本、2020)の中で、両者の試算結果の相違はアプローチと試算に用いたデータベースの違いによるものと解説しています。
ちなみに、アーンツ氏らの研究ではOECD加盟21カ国の試算も行っています。それによると、最も低い数値だったのがエストニアと韓国の6%、最も高い数値だったのが、オーストリア、ドイツ、スペインの12%、日本は7%となっています。OECD加盟国の平均は9%です。
47%の推計値が衝撃的だっただけに平均値の9%がとても小さく見えます。
参考文献:Arntz,M. Gregory,T. Zierahn,U. "The Risk of Automation for Jobs in OECD Countries: A Comparative Analysis " OECD Social, Employment and Migration Working Papers, No. 189, 2016, p.33, OECD iLibrary, www.oecd-ilibrary.org/social-issues-migration-health/the-risk-of-automation-for-jobs-in-oecd-countries_5jlz9h56dvq7-en
2011-2012年の技術的背景
話が変わるのですが、実はフレイ&オズボーンの論文が発表される1,2年前に目を向けると、音声認識技術(自然言語処理)や画像認識技術において大きな飛躍がありました。
2011年、AppleはiPhone 4sに音声認識機能「Siri」を搭載しました。
旧来の音声認識機能は利用者に特定の文章を読ませて音声パターンを記録して認識の精度を上げていました。
しかし「Siri」はそれを必要とせず、一般的な言葉遣いでiPhoneに指示を出せるようになりました。スマートフォンにおける人工知能アシスタントのイメージを広く普及するきっかけになりました。
また2012年は、「深層学習(Deep Learning)」というAIの機械学習の技術が革命的成果をあげました。その年、トロント大学の研究チームが開発した「アレックスネット」は、世界的な画像認識コンテストであるImageNet Challengeにおいて、前年の優勝記録を上回るトップ5エラー率16.4%を記録し優勝しました。
このアレックスネットはディープラーニング技術を用いたもので、ディープラーニングの分野に大きな進歩をもたらしました。それは、単なる数字の改善以上の意味を持ち、人工知能が画像を「見て理解する」能力を手に入れたことを世界に示しました。この技術的飛躍は、今日見るAI技術の爆発的な発展の礎を築きました。
2. 再燃する議論
生成AIの登場!
2022年11月、Open AI社が「ChatGPT」という生成AIをリリースしました。ChatGPTは「大規模言語モデル(LLM: Large Language Model)」の一つで、自然言語処理の分野で大きな進歩を遂げています。
対話形式のコミュニケーションは、自然で一貫性のある会話ができます。
会話の流れを理解し、人間らしいテキストを生成します。まるで人のように流暢で、意味のある会話が成立します。
ChatGPTは、クラウド上のコンピューティングリソースを使って高速に処理されるため、膨大な量の計算であっても、ユーザーは自分の端末の性能に依存することなく自然なテンポで会話が進みます。
ChatGPTの登場により「生成AI」が広く一般的に認知されるようになりました。YouTubeなどのSNSに紹介動画が多数投稿されて人気となっています。
文章ばかりでなく、イラスト、CG、音楽、動画を生成する生成AIが次々と登場し、既存の有名な写真や動画の編集アプリ(例えばAdobe社のPhotoshopなど)にも生成AIが追加され、クリエイティブな作品を簡単に作れるようになってきました。
再燃するAIに仕事が奪われる説
生成AIの登場によって「AIに仕事が奪われる」という懸念が再燃しています。
ChatGPTを使うと人が書いたような文章を作ってくれます。
少なくとも私が書く文章よりもわかりやすく理路整然とした文章を書きます。文章を書く仕事をされている方が「生成AIに仕事を奪われる」と感じるのは理解できます。情報を発信することを生業としている方ほど、危機感を持ったのではないかと思います。
一方で、情報発信する方でも、生成AIのおかげで仕事が楽になると考える方もいらっしゃいます。構成から起草まで生成AIにやらせて、そのあとで自分なりのテイストを加えて仕上げれば大幅な時短になるからです。
このAIに「仕事が奪われる」「奪われない」という議論は生成AIのとらえ方の違いと言えます。
「仕事が奪われる」と考える方は、第一次産業革命期に起こった出来事を連想しているのかもしれません。綿や羊毛などの天然繊維を糸に紡ぐ紡績機や、紡がれた糸を布に織る力織機などが発明され、手作業を必要とする労働が機械に置き換えられました。その後、糸を紡ぐなどのスキルを持った労働者は必要とされなくなりました。
生成AIを、紡績機や力織機のような「労働置換型」の技術と考えると「AIが仕事を奪う」という考え方も理解できます。
一方で、ある技術が仕事を助け、効率化し、生産性が向上することにより、賃金が上昇するという好循環を生む「労働補完型」の技術という考え方もあります。生成AIが、第二次産業革命で登場した大量生産技術やそれを支える電力のように頼もしい助っ人になるという考え方です。
労働置換型と労働補完型の例
生成AIが「労働置換型」の技術になるのか、「労働補完型」の技術になるのかを決めるのは生成AIの使い方によります。コールセンター業務への適用例を用いて説明してみましょう。
コールセンターへのAI技術の適用例に「AIチャットボット」または「ボイスボット」があります。
AIチャットボットは、お客様からの問い合わせをテキストで受け取り、対話型AIが問い合わせ内容に適した返答をテキストで返します。
ボイスボットは、お客様から口頭でされた問い合わせ内容をテキストに変換し、対話型AIが会話内容に適した返答をテキストで生成し、それを音声の読み上げ機能でお客様にお伝えするという仕組みです。
AIチャットボットまたはボイスチャットを、よくある質問(FAQ)のような比較的簡単な問い合わせ対応専用オペレーターとするならば「労働置換型」として適用した事例と言えます。
しかし、AIチャトボットまたはボイスボットで対応できない場合は人が対応することになります。その場合、コールセンター業務全体としてみれば、AIチャトボット、ボイスボットは、「労働補完型」となります。
このようにAI技術そのものを「労働置換型」「労働補完型」ということはできず、適用の仕方でどちらかの型になるということです。
新しい産業が雇用の受け皿になる説
生成AIの雇用に与える影響について、新しい産業が雇用の受け皿になるから心配ないという意見もありますが、これは少し乱暴な意見のように思います。産業革命という大きな変化を数回乗り越えて現在があるので、歴史に学ぶことにします。
第一次産業革命は手工業から機械工業への移行を通じ、工場で働く労働者が必要となり社会構造の変化が起こりました。工場で働くために人が集まり町が形成され、着るもの、食べるもの、住むところが必要になります。それに関連した事業で雇用が生まれます。これらの雇用は人が少なくても存在した職業です。改めて職業訓練をしなくても雇用できるでしょう。
その一方で、蒸気機関車や蒸気船という新しい技術をベースにした産業が生まれました。蒸気機関の設計、部品づくり、組み立て、運転、保守などのそれぞれの持ち場で必要な知識と技術が必要です。仕事の内容にもよりますが、高い賃金の職業は誰でもというわけにはいきません。教育・訓練を受けた人が必要になります。
ある村に、満足な教育を受けられず文字を読めない青年がいました。
機械化の影響で職を失い、工場で働くために町にやってきました。
あいにく新しい産業の蒸気機関の設計、製造の求人しかありませんでした。彼は仕事に就けるでしょうか。
仕事に就けたとして彼に任される役割はどのようなものでしょう。
第二次産業革命でもは機械工業が大量生産着技術により生産性を高めます。自動車、電気、化学などの新しい産業が登場します。
第三次産業革命はデジタル革命といわれるようにコンピュータが導入されます。コンピュータの部品である半導体や、インターネットに関係したサービスや機器について新しい産業が生まれます。
過去に産業革命と呼ばれる大きな変化があったとき、新しい産業が誕生していたのは事実です。しかし新しい産業が雇用の受け皿になるには、教育や職業訓練を受けて、新しい職業に適応する準備が必要です。そして必要とされる教育水準は高くなっています。教育水準が新しい産業を雇用の受け皿とできるかどうかを決める要因となっています。
希少性か、それとも分配か
生成AIによる自動化の影響は、仕事が無くなる、無くならないの問題ではなく、その影響によって「生計を立てていけるか」という問題だと私はとらえています。
自動化のために機械へ投資すれば、労働者が減少しても生産性の向上が勝り、莫大な富を生むことになります。
現在の社会システムは、社会で必要とされる職業のうち、医師や弁護士、または経営者など限られた人しかできない、言い換えると希少性の高い職業に富が多くが分配される(高い報酬を得る)仕組みになっています。
生成AIなどによるテクノロジーの導入による自動化は、希少だった職業を一般的な職業にしてしまい、その影響によって得られる収入が悪いほうへ変化するのが問題です。
職業の希少性、言い換えるとその職業が存在する価値、を維持するためにルーチンワークがメインであれば非ルーチンワークまでその職業でカバーする等、希少性を維持またはアップする対策が必要になります。それができず一般的な職業になったとき、それらの職業が富の分配を受けることが難しくなります。
極論ですが、職業が残ってもが生計が成り立たなければ職を失うのと同じとなるわけです。
すると仕事があるとか無いとかの議論ではなく、自動化によって希少性が失われた職業に富をどのように分配するかという別の問題になるわけです。
残念ながら富の分配について期待は持てません。富める者はますます豊かになり、そうでないものは貧困に陥る経済の二極化が助長される可能性が高まります。
政府が社会的な問題と捉え企業の税率を上げて国民に分配しようとしても、経済がグローバル化した現在では税率の低い国へ企業は逃げることができます。世界各国の市場を取引先にしている企業であれば、その国に拠点を置かなければならないという縛りは絶対的なものではありません。
企業内においても、AIが補完する職業ならば希少性が高く相応の分配を得られるでしょう。しかしAIに置き換えられる職業ならば企業内においても一般的な職業になり、それまでの分配を得られるかどうかわかりません。
企業が利益を生み出すために存在している以上、利益への貢献に見合った報酬の分配は公平な施策です。結果として職業の希少性を高めるか、個人の能力を高めて希少性のある職業に就くか、いずれかの努力が必要ということになります。
3. 個人として準備できること
富の分配が希少性の低い職業に向かうことは考えられず、個人が職業の希少性を高めるのも難しい話です。必然的に個人の能力を高めて希少性のある職業に就けるよう備えておく必要があります。
幸い日本では、法律で労働者の権利が保護されているので、AIを導入したからと言ってすぐに解雇されるようなことにはならないでしょう。
しかし、新規の雇用(新卒採用、中途採用)については、世間一般にいわれる「いい会社」「いい仕事」に就こうとすると、学士号以上の教育を受けていて、かつAIの知識を持つ人が有利になるのではないかと考えられます。
NVIDIA CEOのファン氏が、台北の国立台湾大学の卒業生に語った内容がBloombarg の記事で紹介されていたので英語版と日本語版を紹介します。
同じ記事の英語版と日本語版を並べたのは理由があって、英語版では”AIに仕事を奪われると心配する人もいるが、AIに精通した人は(仕事を)得る”と訳されると思うのですが、日本語版の記事ではタイトルに”AIに精通しなければ時代に取り残される”とあるのに、本文では「AIに精通した人に仕事を奪われることになるのではないか」となっています。
どうも日本語になるとAIは仕事を奪う悪者になるようです。(笑)
話を戻して、ファン氏が大学の卒業生に「AIに精通した人になってください」と語りかけたことに注目してください。
NVIDIAはAIの処理プロセッサとして利用されているGPUを製造している企業です。AI関連企業として急成長し注目されています。
同社のCEOであるファン氏が卒業生に向けてAIの話をしたのも、ICTそしてAIで世界をリードする米国においてNVIDIA社の急成長の背景にAIの影響があるからです。
企業の研修講師時代、新入社員研修も担当したことがあります。当時新入社員に課せられていたのは、「ITパスポート」や「インターネット検定ドットコムマスター」の資格取得でした。
AI関連の資格にディープラーニングの基礎知識を検定する「G検定(ジェネラリスト検定)」というのがあります。120分で200問を解くハードな検定ですが、これからはAI関連資格としてG検定はチャレンジする価値があると思います。
参考文献(reference)
Arntz,M. Gregory,T. Zierahn,U. "The Risk of Automation for Jobs in OECD Countries: A Comparative Analysis " OECD Social, Employment and Migration Working Papers, No. 189, 2016, p.33, OECD iLibrary,
www.oecd-ilibrary.org/social-issues-migration-health/the-risk-of-automation-for-jobs-in-oecd-countries_5jlz9h56dvq7-en
Frey, C. B., & Osborne, M. A. "The future of emplyment: how susceptible are jobs to computerization?", 2013, Oxford Martin School, www.oxfordmartin.ox.ac.uk/downloads/academic/The_Future_of_Employment.pdf.
Savov,V. & Wu,D. "Nvidia CEO Says Those Without AI Expertise Will Be Left Behind" Bloomberg, 2023,
www.bloomberg.com/news/articles/2023-05-28/nvidia-ceo-says-those-without-ai-expertise-will-be-left-behind?leadSource=uverify wall
Savov,V. & Wu,D. "エヌビディアCEO、AIに精通しなければ時代に取り残される" Bloomberg, 2023,
www.bloomberg.co.jp/news/articles/2023-05-29/RVDZV6T0AFB401
岩本晃一, 「AIが日本の雇用に与える影響の将来予測と政策提言」RIETI Policy Discussion Paper Series 20-P-009, 2020, pp.39-41,独立行政法人経済産業研究所, www.rieti.go.jp/jp/publications/pdp/20p009.pdf
野村総合研究所,"日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能に~ 601種の職業ごとに、コンピューター技術による代替確率を試算 ~" News Letter, 2015/12/2, 株式会社野村総合研究所, www.nri.com/-/media/Corporate/jp/Files/PDF/news/newsrelease/cc/2015/151202_1.pdf
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