習字の先生の話。

年中さんから習字を習っていた。
姉が通っていたから自分も行きたいと言ったのだろう。
でもそれは私にとって最高の経験だった。
ナイス選択、当時の自分。

習字を始めた当初、年中さんから来ている子は私だけだった。
それに大人に対してはすごくシャイだったので
年中さんながら静かに集中して鉛筆の練習をしていた。
今の私からじゃ考えられんけど笑
ありがたいことに才能はあったらしく、うまく書けていたようだ。
先生がいつも褒めてくれていたことを覚えている。
そして小学生に上がる前に筆デビューを果たした。
少し恥ずかしいこのエピソードは後で書く。

思い返すと懐かしい。
あの部屋に漂う墨の匂いと畳の匂い。
ほんとに懐かしい。
小さな長机には長年の傷と落書きと墨が染み込んでいた。
小学生が3人か4人並べる机。
今じゃもう低すぎるだろうか。
2階に上がる階段は一度も登ったことがない。
少し怖かった。お化けが出るんじゃないかって。
今でもはっきりと思い出せる。
年中さんから小学校6年生まで通った教室。
一番の成長の時期だ。
忘れるわけがない。
体の芯まで染み付いている。

習字の先生は、すごい。
何でも知っている。
先生がいるところにはいつもたくさんの本が積まれていた。
秋の七草と春の七草は壁にいつも貼ってあった。
添削のために並ぶ時に毎度毎度目に入る。
忘れるわけがない。
こよりで作る星は今でも作れるくらい何回も教わった。
教養ということは何かを教えてくれるのが先生だ。
先生はいろんな国に行っていて
異国の思い出話をたくさんしてくれた。
私には知らない世界、本の中、テレビの中の世界。
発展途上国の話もしてくれたな。
想像は膨らみ、海外に憧れと畏怖を抱いた。
そんな経験をしている先生のことを尊敬していた。
習字は行きたくない時もあったが
一番しっかり続けた習い事だった。
いい経験だった。

習字の先生は字の先生というだけではなかった。
人生の先生だった。
生きていく上で重要なことをたくさん教わった気がする。
覚えてないこともたくさんあるけど
無意識となって私の考えを形作っているだろう。
日本人的な姿勢や、チャレンジの大切さは今でも心に残っている。
まだご存命だろうか。
海外の話をもっと聞きたいし話したい。
バイトで字を褒められて嬉しいって伝えたい。
長い間見てくれてありがとうと伝えたい。
かっこいいおばあちゃんで私の憧れだと伝えたい。
感謝は伝えられる時に伝えるべきという言葉が突き刺さる。

私もあんなおばあちゃんになりたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?