見出し画像

暇への恐怖心を克服した

デスクワークで、主にいただいた注文をさばいて他部署や他社に発注する仕事をしています(ざっくり)。

同じ部署で同じ仕事をしているのはわたしを含め3人。
担当割しているので、わたしがバタついているときに他の2人が暇そうにしていることもあれば、2人はめちゃ忙しそうだけどわたしは余裕、みたいなこともあります。

以前は、暇って恐怖だったんです。
だって閑職ってすなわち無能ってことで、
なるべく有能だと思われたい、優秀だな、すごいなって認められたい。
であるならば暇であることを悟られてはならじ、と思っていました。

あるいはわたしが就職氷河期に片足突っ込んだ世代であるのも影響しているかもしれません。ポンコツであることがバレたら職を失う恐怖とか。

もしくはもっと遡ってバイト時代の教育がわたしの中にまだ残っているのかもしれません。

雇い主はただボーっとしている奴にもキビキビ働いてる奴にも「時間給」というものを支払わなくてはならないので、なるべく全員に等しくキビキビしてほしいわけで、当然暇そうにしてるアルバイターを見過ごすはずはありません。

ぼやっとしていると「あれをせい」「これをせい」と何かと用事を仰せつかり、「勤務時間中は休みなく働け…」という絶え間ない圧力を感じながら、意味もなくさっき拭いたウインドーを再度拭いたりした、あの日々。

社会人になってからも、手が空いてしまうとソワソワして何かすること、何かすること…と「就業時間内は何かしら役立つことをしなきゃいけない」という焦燥感を抱いていました。

翻って今現在。
わたしは暇恐怖症を克服しました。

わたしは時間給ではなく固定給をいただいて、あくまで受注と発注を執り行う仕事を任されているわけですから、
注文があったときに適切にさばき、お客様から問い合わせがあったらすぐに対応し、滞りなくミスなく発注を行えばわたしの職務はきちんと果たされていると言える、ということに気付いたのです。

その結果として、電話が掛かってくるとそれだけでイラっとするほど忙しいときもあれば、さて、何をするべいかと物思いに耽りながら、別に今する必要の無い請求書なんかをちくちくチェックしていたら午前中終わってもた、くらい暇なときもあるというだけのこと。

あと、いい感じに歳をとって「認められたい」欲が薄らいできたのもあるかもしれません。

いやー
母親過多といい暇恐怖症といい、
つくづく「敵は己の罪悪感」です(←作家アルテイシアさんのお言葉)。

この記事が参加している募集

#仕事について話そう

110,014件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?