母親過多

人間関係って、距離感がすべてですよね。

学校の行き帰りに自転車で通り過ぎるお姿が眩しいお方も、同じクラスになったら「おれモテるんで」感が見えてきたりしてガッカリするものだし、

取引先としては感じのいい人も、隣の席で働くと机の引き出しをバーンと閉めたりキーボードを叩く音がうるさかったりと、雑さが目に付くものです。

隣の芝生は青く見えると言いますが、
人のものだから実際よりも良く見える、ということもあるでしょうが
物理的にも心理的にも、ちょっと距離があるのがちょうどいい、というのもある気がします。

ただこの「ちょうどいい距離感」が人によって異なるのが難しいところですよね。

わたしは実家で暮らしていたころ、ずっと家から離れたいと思っていました。
母がかなりの過保護で過干渉、且つ家族という繋がりをとても大事にする人で、その重さが徐々にわたしの首を締めるようになった為です。

苦しみから逃れようとわたしが家族以外との関わりを求めると
「家族なのに寂しいこと言わないで」
「血の繋がった家族でしょ」
「昔はもっと心の優しい子だったのに」
と罪悪感の刺激による阻止を試みられたものです。

結婚するときもした後もしばらく「寂しい」攻撃は続き、メンヘラ彼女を持ったらこんな感じなのかなといった様子でしたが、勇気を振り絞ってやんわりと距離を取り続けていたところ
結婚してから10年近く経った今、母からの連絡がほとんど来なくなりました。

そうしたら不思議なことに、
「母と連絡を取りたい」「母とどこかに出かけたい」という気持ちがわたしに芽生えはじめたのです。
実家にいた頃は、あんなに離れることを渇望していたというのに。

阿佐ヶ谷姉妹の美穂さん(妹)が、江里子さん(姉)と暮らし始めたとき、職場でも家でもずっと2人で一緒にい過ぎて
「江里子過多だわ!」となる様子が『阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし』で描かれており、美穂さんは帰り道に江里子さんを撒いて一人でスーパーに寄るなどして過多を解消するよう努めていらっしゃいました。

でも美穂さんはたまに「江里子過多」となるだけであって、江里子さんのことを嫌いではない、どころか結構好きみたいです。

嫌忌と過多は似て非なるものなり。

大人になって分かってきたのですが、母はたぶんわたしのことを自分自身と同化していたのだと思います。だからちょっと、距離が近過ぎたし期待度が高過ぎた。

でも、母は母で、わたしはわたし。
わたしにはわたしの大事にしたいものがあって、それが母の意向と異なる場合も当然あります。

親子だろうが家族だろうが、それぞれひとりの人間であって他者であるわけですから、違いがあるのは当たり前です。
母の思い通りに動けなくても、罪悪感を覚える必要はありません。

わたしは母と離れて夫と暮らすようになってそう思うようになったし、母もあるいは、この10年の間に何か新たな気付きを得たのかもしれません。

およそ30年「母親過多」だったけど、わたしの場合多すぎただけで嫌いではなかったようです。

でも今、家族がどうしようもなく重くて苦しんでいる方がいらしたら、罪悪感に囚われることなく迷いを振り切ってどうぞ逃げてほしいと思います。

それは過多なだけかもしれないし、嫌忌なのかもしれない。
離れたところからしか見えないこともありますから。

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