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主人公Aと僕が送る内省的異文化交流

私はよく本を読む。
物としては、村上春樹だとか、薬丸岳だとか、読書を嗜んできた人なら誰しもが一度は手に取ったことがあるようなものがほとんどだ。
友人との待ち合わせ前、日曜日の昼下がり、仕事が終わり帰宅する道中の電車内など、手の届くところに本があれば無意識に読み始めてしまう。
そんな無意識下で行われている「読書」という行為と「私」の関係を端的に書ければと思う。

本を読むことが私に与える最大の影響として、私自身が作品の中の人物に過度に影響を受けるということだった。
人物そのものから直接的に影響を受けるというわけではなく、作品自体にのめりこみ過ぎることから、作中の時の流れや物事の移り変わりが私自身の生活のメインフレームとなり(郷に入っては郷に従えではないが)、その物語に付随したルールに容易に染まりこんでしまうのだ。
そのため、一通りの読書を終えて読者としての私が現存する『現実の世界』に戻った時、作中の世界から現実の世界へと私を適応させるためのチューニングにある程度時間を要してしまうことが多々ある。
自分の嗜好に合った本に読みふけったことがある人にとっては、前述したような場面に陥ったことがある人も少なからずいるだろう。
(そんなに大したことではないのだが、私は読書を終えた後、じっくりと一点を見つめながら、現実の世界にある、物語とは全く関係のないものについて考えをめぐらすようにしている。昨日はチャーハンとピラフの違いを考えてチューニングを行った。)

最近私が体験したこととしてはこうだ。
読んだ物語に登場する主人公Aは頭の回転が速く、物事を正確に捉える力に長けている。目の前で起こっていることに限らず、自身の脳内で巡らされた考えを体系的かつ論理的に言語化して第三者に伝える能力が備わっている。
そして決して嘘をつかず己の気持ちに正直に生き、多少相手が望んでいないことであっても、好きならば好き、嫌いならば嫌いと、はっきりとではないにしろ相手に伝えることができる人物だった。
正直なところ、私が思い描く最高の理想像であり、私が最も惹きつけられるキャラクターの一つだった。
特に興味をそそられるポイントとして、自分の考えを相手に伝えた時、仮に相手がその内容を望んでいなかったとしても、伝えた言葉は決して嫌味や妬みなど、ネガティブなものとして受け取られず、一種の真っ当な言葉として相手に届くということだった。
つまり、彼が発する言葉一つ一つには確かな一貫性が存在し、そこには太い幹のようなものが端から端まで真っすぐに通っているのだ。
そんな架空の世界の人物に出会ったことから、読書を終えた私の意識は、潜在的にその主人公Aそのものへと移り変わってしまう。
ある意味で私は起伏が激しいと言っていいのかもしれない。
結果的には、そこからの一挙手一投足すべてその主人公Aに倣ったものになってしまい、喫茶店での会計から商店街の中を歩くスピードまで、まるでその主人公Aに体ごと乗っ取られてしまったかのように、物語に現れる主人公Aそのものになってしまうのだった。

しかし、いくら私が主人公Aを自分自身に映そうとしたところで、微塵も上手くいくはずがない。
主人公Aには存在する背景的なバックボーンが私にはないからである。
主人公Aは一流とは言えないまでも日本では有数の名の知れた大学で文学を学び(既に大きな乖離が生まれているが)、ユニークな冗談を湯水のように発し、それで人々を満足させることができている。
友人に、恋人のことをどれくらい好きかと聞かれた時、虎がバターになって溶けるくらい、と答えることが果たして私に出来るだろうか。
そんなわけで、私は文学にかぶれた半紙のように薄っぺらい登場人物Bを不覚にも演じてしまうことになるのだった。

--------------私は今日、アパートから片道20分かかるスーパーまで行きました。スーパーへ赴くにはいささかお洒落をし過ぎなんじゃないかと思いましたが、今日はそうしたい気分だったんです。
スーパーまでの道のりは、いつもよりもずっと遅く歩きました。いつもなら周りに目もくれることなくスタスタと速足で進むのですが、今日は目に入るものすべてを眺めながら歩いてみました。小学校の校庭で駆け回る子供たち、人々が横断歩道を渡り終えるのを待つ車、見ようとして見てみると、普段自分がどれだけ狭く生きていたか強く実感してしまいました。これからはもう少しゆっくり歩いてみます。
スーパーでは3日分の食材と、キッチンペーパーを買いました。キッチンペーパーって何の役に立つのでしょうか。私は家では揚げ物を作らないし、汚れたら台所用のふきんで拭きます。茹でたオクラの水分は気にならないし、もやしだって手で絞れば大体の水分は流れていきます。それなのに、私は今日キッチンペーパーを買ってしまいました。たまにはいいかと根も葉もない正当化をして私を慰めました。
帰り道は、--------------

誰かに宛てる手紙の書き出しを考えると気持ちが明るくなることに気が付いたので是非試してみてほしい。

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