満月のせいにしながら今日あたり告白してもよかったのにね
「えーっ? あんたたちまだつきあってないの!?」
サチはアイスラテをかき混ぜながら大きな声を出した。
「別にいいんだってば! この状態が楽しいんだから」
そう答えたけれど、わたしは実のところ何も言い出さない彼にいい加減しびれを切らしていた。もちろん。
彼は特に内向的で無口というわけではない。だいたい話をするようになったのだって、それまでお互いの名前を知っている程度だったのに、ある日わたしが着ていたインディーズバンドのTシャツを見て、彼の方からいきなり声をかけてきたのだ。
音楽やら小説やら映画やら、いろいろと好みが合うということに気づいたわたしたちは、本の貸し借りをしたりライブを観に行ったり、たびたび会うようになった。
昨日は軽く食事をしてから、ユーロスペースに映画を観に行った。映画館は寒いほど冷房が効いていて、映画が終わって外に出ると、べったりと生あたたかい空気がむしろ気持ちよく感じるくらいだった。時計は21時30分をさしている。そのまま帰るにはちょっと早い時間だ。もし二人が付き合っているのならば。
映画の内容が明るいものではなかったせいか、二人ともなんとなく黙ったまま歩いた。ふと空を見ると、オレンジ色のまんまるい月が出ている。そういえば今日は満月だった。妙にお腹が空く日だなと思っていたのだが、そのせいなのかもしれない。
「ねえ、なんかお腹空かない?」
「え? さっきカレー食ったばっかなのに、お前もう腹減ったの?」
「満月の日ってすごい食べちゃうような気がするんだよね。そんなことない?」
「お前いつだって食欲あるじゃん。満月とか関係ないっしょ」
彼は笑いながら言った。わたしもつられて笑ってしまう。こんな風にどうってことのない会話が楽しくて、走り出したいほどに嬉しくなる。でも、だんだんそれだけでは満足できなくなってしまう。そう感じているのはわたしだけなのだろうか。
「もう待ってないで自分から言っちゃえばいいのにー」
わたしの気持ちを見透かしたようにサチが言う。
「だから別にいいって言ってるでしょ。それにわたしはそういうキャラじゃないもん。知ってるくせに」
来月の満月までに関係は変化するだろうか。月が太っていくにつれて気持ちが溢れそうになったら、もうわたしから言うしかないのかもしれない。今夜は月がきれいだね、と。
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